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代表作品ギャラリー

 

これまでに私が描いた全油彩作品の中から、受賞作を中心に自選した13点について語ってみたい。
「13」という数字は西洋社会では避ける傾向にあるが、実は私の誕生日が10月13日であるため
「13」は私にとってはラッキー・ナンバーなのである。
それに『楽園の寓話』シリーズに出てくる羊の数も13匹が多いので
ここは変則的ではあるが、「13」作品を選んでみた。

 
 

《 変容 Metamorphosis 》
 1975年 油彩・カンヴァス F100号 / 130.3×162.1(cm)

 

これは私の卒業制作で、大学時代のシュルレアリスム研究から生まれたものである。
公害問題が豊かな物質文明を根底から揺さぶった当時の社会状況を背景に
「将来の生命への不安」をテーマとして描いた。
大学時代の私は美術教室では油絵を描かず、制作はより集中できる自宅で行っていた。
指導教官の國領先生からは「もっと大学でも制作するように」との注意を受けたこともあったが
結局この絵も下絵を最初にゼミで見せたほかは、ずっと自宅で描いていた。
完成作を初めて卒展の会場で見た先生が「君の絵は大学では描けないね」と言って
この絵の出来とともに制作姿勢を認めてくださったことが、今でも大切な思い出となっている。
第11回神奈川県美術展 に出品したところ前年の特選に続いて準大賞を受賞でき
それらの賞金で新婚旅行を兼ねた初のヨーロッパ美術館巡りを実現した。
ちなみに1ドル360円(なんと今の三倍!)の時代である。

 
 

《 愁傷のモニュメント Grieving Monument 》
 1975年 油彩・カンヴァス P80号 / 97.0×145.5(cm)

 

前年度に準大賞を受賞したことから、大きなプレッシャーの中で制作し
夏に初のヨーロッパ旅行で一ヶ月も中断したこともあって、結局完成に半年を費やした。
ミレーの《落ち穂拾い》の「かがんだ人物像」をメインモチーフとし
クールベの《エトルタの断崖》を引用し
全体的にダリの技法を採り入れるなど、夏のヨーロッパ旅行の影響がかなり大きい。
しかしこの絵の重要な要素である空は、JR戸塚-大船間で車中から見た壮大な夕焼けの記憶に基づいていて
それがそもそもの制作動機である。
また農婦の空(くう)を掴む右手は、農業を営んでいた父にモデルをしてもらって描いたものである。
現代文明をストレートに告発する表現が評価され、第12回神奈川県美術展で大賞を受賞。
当時24歳での受賞は最年少記録でもあった。
またこの受賞で地元のテレビ局の生番組に出演したり、自宅や勤務先の中学校まで取材されたのは
今となっては懐かしい想い出である。

 
 

《 失楽園 Paradise Lost 》
 1979年 油彩・カンヴァス F100号 / 130.3×162.1(cm)

 

この絵の空に描いた大型旅客機DC10が、絵の完成十日後に墜落するというショッキングな事故があり
何となく予言めいた内容になったことを記憶している。
当時街中に増えつつあった自動販売機に興味を持ち、それらが増殖し際限なく空き缶を排出するという
物質文明の恐怖を世紀末的光景として描いた作である。
自販機に映る人影と排出口の位置からして、空き缶は男性器の暗喩でもある。
この絵ではとにかく画面の下半分を空き缶で埋め尽くすのに時間がかかった。
途中経過を時々見ていた母が
「お前はまだ空き缶を描いているのかね」と呆れたように感想を漏らしたのが、今更ながら印象に残っている。
自販機の風景が当たり前となった19年後、ダブルイメージ(巨人が倒れている!)の表現が評価され
第一回トリックアート大賞展で大賞を受賞した。
ちなみにこの頃『失楽園』という映画やテレビドラマが話題となっていたのはまったくの偶然である。

 
 

《 旅行者 Traveler 》
 1984年 油彩・カンヴァス S80号 / 145.5×145.5(cm)

 

20代の頃は公募団体展には批判的な立場を貫いていたが
色々と行き詰まりを感じて一陽会に出品し始めたのが30歳の時。
運よく初出品で特待賞受賞という好スタートを切ったものの
二年目は忙しくて新作が出来ず、旧作でしのぐという体たらく。
三年目に一から出直しの気持ちで描いたこの作が
まさか最高賞の一陽賞を受賞することになるとは、正直思っていなかった。
電球頭の人物を帰ってきた旅行者に見立て、変わり果てた光景に対峙させることで
ビジュアル・ショッキング的効果をねらった。
電球頭人間はデ・キリコの絵に登場するマヌカンの変奏で、頭の形から見ても私自身である。
噴煙というモチーフは、螺旋状に立ち昇る姿が巨大なエネルギーを感じさせるところが好きでよく描くが、
後には巨大カボチャに変容した節がある。
同時期に描いた《警告》や翌年の《光芒》のような表現をその後展開したため、この作がより特異な印象を与える。

 
 

《 STATION 》
 1989年 油彩・カンヴァス S100号 / 162.1×162.1(cm)

 

電球頭の人物から羊へと、モチーフが移行する時期に描かれた作で
電球頭の人物の集大成ともいえる。
この頃は電車通勤だったので、事故などによる列車の運行停止に運悪く遭遇したことが何度かある。
そんな時はプラットホームが人の群れで溢れ、パニック寸前の恐怖が襲ってくる。
そういう実体験がこの絵の制作動機である。
プラットホームを正面から描くためには、線路に降りなければならない。
この絵を見るたび、小田急線伊勢原駅でこっそり線路に侵入し
急いでスケッチを取ったスリリングな記憶がよみがえってくる。
また群像とプラットホーム、二股外灯と信号機で、昆虫の頭のイメージを作ったりして遊んでもいる。
ここで使った群れとしての表現が、そのまま羊のいる世界へと繋がっていったのかもしれない。
この絵を描いた頃は、一陽会に出し始めて八年目、一番苦しい時であったが、
自信作だったので後に『金山平三賞記念美術展』にも出品した。

 
 

《 Paradise Paradox 》
 1993年 油彩・カンヴァス S100号 / 162.1×162.1(cm)

 

数年前から一陽会会友時代のスランプを脱出する気配を感じていたが
この作でようやく羊をモチーフとした新しい世界が自分のものとなりつつある手ごたえを感じた。
結果は一陽会の会員推挙とともに
初めて安井賞展に推薦され、そちらでも入選を果たしたので、とりわけ思い出深いものがある。
この年の夏に旅行し、取材した北ドイツの風景の印象が画面全体に息づいている。
羊たちの楽園に潜む唐突な不安要素を、画面中央の深淵と巨大な煙突で表してみた。
羊の体毛を執拗(しつよう)に描き始めたのも、この作あたりからだったように思う。
安井賞展の会場で、ある親しい先輩がこの作を評して
「すごくエロチックだね」というまったく意外な言葉を発したことがある。
この時、作家自身も予期しないイメージが伝わることもあるのだと感心し
「そういえばエロチックにも見えるかな」と妙に納得したが
皆さんはどう思われるだろうか?
題名もお気に入りの一枚である。

 
 

《 楽園幻想 -雲- -Clouds- Paradise Fantasy 》
 1998年 油彩・カンヴァス S50号 / 116.7×116.7(cm)

 

1994年から岡山に移り、新しい環境に少し慣れたところで最初に挑戦したコンクールが
「花の美術大賞展」である。
大きさ制限が50号までで、自分の車でも搬入できる手ごろさが、挑戦の動機であった。
最初はレベルが分からず気楽な気持ちで応募したが、会場へ足を運ぶと
発想が豊かで技術的に高度な作品が多くこれは簡単には頂点制覇は難しいと悟った。
花はそれまでほとんど描いたことがなかったが、これをきっかけに「蓮」と向日葵」が新しいモチーフに加わった。
一回目は入選、二、三回目に受賞を重ね、結局4回目にこの作で大賞を射止めたが
得意とする『楽園の寓話』世界の上に新しい展開を投入するという、まさに入魂の制作故の結果であったと思う。
雲間から覗く巨大な向日葵という状況設定が気に入り、その後も何点かの作で使用している。
このコンクールも今はないが、大賞受賞作家の何人かは「小磯良平大賞展」でも活躍している。

 
 

《 神殿 The Temple 》
 2001年 油彩・カンヴァス F130号 / 193.9×162.1(cm)

 
 

絵を描いていて嬉しい瞬間というものがある。
新しい表現内容に取り組んでいる時
技術が上達していると実感できる時
描いている自分と画面が何かしっくりいった時などである。
その逆がマンネリの状態であるが
私の場合も『楽園の寓話』シリーズを展開していく中で、常にその危険性と闘っている。
1998年から始めた巨大な羊飼いを配した構図にやや行き詰まりを感じたため
この作では思い切って方向転換を図った。
構図の元を ジェームズ・ティソ という意外な作家から引用し
手前の神殿を可能な限りトリミングして覗き構図を作り
巨大な羊の偶像という新しいモチーフも入れてみた。
そんな訳で制作開始から新鮮な気持ちで取り組めたが
最後に羊を描き終えた時、黄昏(たそがれ)時の画面に空気を感じて
今までとは少し違うレベルに到達できたような気がしたのである。
その感触は第47回一陽展での安田火災美術財団奨励賞受賞という結果に結びついた。  

 
 

《 文明の法則 The Law of Civilization 》
 2001年 油彩・カンヴァス F50号 / 116.7×90.9(cm)

 
 

この作のモチーフは旧約聖書に出てくる「バベルの塔」の話で
それを現代流に解釈して描いたものである。
工業文明を象徴する煙突を頂点とする塔に、螺旋状の坂道が敷かれている。
その道を13匹の羊たちがひたすら進んでいく。
この塔は少しずつ海中に沈みゆく運命にあるため、羊たちは戻ることはできない。
つまり、進むも地獄、もどるも地獄、羊たちとこの螺旋状の塔は運命共同体なのである。
このような「文明のパラドックス」こそが『楽園の寓話』シリーズの根幹を成す思想である。
前年から岡山県美術展に委嘱出品するようになっていたが
この年この作で山陽新聞社大賞を受賞するという思いがけない幸運に恵まれた。
県展での受賞は年齢的、キャリア的にもう無いだろうと思っていたので、自分でも意外であった。
これで神奈川県と岡山県の両県展で大賞を受賞したことになるが
このような経歴は、全国的にもあまり例が無いのではないだろうか。  

 
 

《 聖地 The Holy Land 》
 2002年 油彩・カンヴァス P150号 / 162.1×227.3(cm)

 
 

私は大作を描く場合、大概はかなり精度の高い下絵を作ってから、本制作にとりかかる。
つまりその段階で、すでに構図はほとんど完成しているということである。
しかしこの絵は頭の中でイメージが固まった後
ぶっつけ本番で150号という大画面に挑んだものである。
というのも構図がシンプルなため、中央に配した巨樹さえ上手く納まれば
後は何とかなるという皮算用ができたからである。
時にはこんな制作も楽しい。
中央の巨樹はイギリスの写真集から見つけたものだが、上部をカットして下半分を借用した。
そうすることでより巨大な存在感が増したように思う。
無数に枝垂れる枝がドーム状の屋根を作り、
木漏れ日が注ぐその場所を、羊たちの“聖地”に見たてたのである。
その巨樹に負けないように、一匹一匹の羊のポーズと色、そして配置を熟考した。
羊たちが皆こちらを見つめているのは
絵の前のあなたが聖地への闖入者(ちんにゅうしゃ)に他ならないからである。  

 
 

《 顕現 Manifestation 》
 2002年 油彩・カンヴァス S100号 / 162.1×162.1(cm)

 
 

この年は正月から南瓜ばかり描いていた。
それだけ描きたいと思える南瓜に恵まれていたわけでもある。
それから大学院の授業でシュルレアリスムについて連続講義をしていたので
思考経路や感覚が、かなりそちらに傾斜していたように思う。
この絵はそういった流れから必然的に生まれたものだろう。
考え抜いた末のイメージではなく、ある夏の夜に唐突にこの絵の構図が、「天から降ってきた」のである。
経験から、そういう時の方が得てして良い結果が出ることは知っていたので
そのイメージが消えないうちにと、寝るのを延ばし、すぐに4号のカンヴァスに描いてみた。
ポイントは巨大南瓜の肩にかかる月である。
この習作が気に入ったので、それを正方形の大作構図に変え
久しぶりにわくわくしながら描き進めていった。
完成前から気持ちの高ぶりを押えられなかったが
第6回小磯良平大賞展に応募したところ、二席にあたる優秀賞を射止めることができた。  

 
 

《 SHOOT 》
 2004年 油彩・カンヴァス S100号 / 162.1×162.1(cm)

 
 

南瓜と並ぶお気に入りのモチーフが月である。
《顕現》での成功以来、月を大胆に配する構図にはまってしまったが
この絵でもゴルフボールを巨大化させた「羊の惑星」の上に三日月を大きく掲げ
その形と光を「羊の惑星」の各ディンプルの縁にリフレインさせてみた。
その三日月を舟に見立てると、羊飼いは櫂(かい)を持った船乗りのようでもあり
月の全体を胎内に見立てると、羊飼いは羊水に浮かぶ胎児にも見えるというように
この絵には様々なイメージが重ねられている。
いずれにしろ、月には母性的で先導的なイメージが託され
一方、現在の地球と人類を象徴する「羊の惑星」には
男性的で挑戦的なイメージが託されている。
宙に浮かぶ羊飼いの腹部に向けてロケットが放たれたこの絵は
現代的な「月の絵」として評価され
2007年、伊勢神宮の式年遷宮記念美術館の
特別展『月・歌会始御題によせて』に近現代の大家に並んで委嘱出品という栄誉に浴した。  

 
 

《 昇天 Ascention 》
 2007年 油彩・カンヴァス P150号 / 162.1×227.3(cm)

 
 

国立新美術館での初の一陽展に出品するため、新傾向で勝負しようと決めて描いた作である。
羊が宙を跳んでいる図は小品では繰り返し描いていたが
大作で羊をこれだけ跳ばしたのは初めてで、それだけインパクトも強かったようである。
この絵のイメージ・ソースは、ある航空会社の国内線の月刊誌に載っていた数枚の写真である。
そこには宙を跳ぶ羊が見事に捉えられていた。
早速その写真家の写真集を手に入れ、そこから跳ぶ羊のポーズを選び出し、動きのある構成を作っていった。
問題は羊たちが跳ぶ状況をどうするかであった。
そこで、宇宙ロケットの発射場面と組み合わせることとした。
これは意外性をねらったデペイズマンの手法であるが
噴煙で羊たちが吹き飛ばされている風にも見えるようにし、「昇天」のイメージを生み出した。
ロケットを修道服姿の羊飼いに置き換えたところがミソである。
会場での評判も良く、販売用の絵の写真が初めて売り切れた。  

  
 
 

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