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Gallery -水無月-《曇り空》

《曇り空》
《曇り空》

 

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《曇り空》

6月の日本は多くの地域が梅雨入りして、
曇りや雨模様の日々が続くため、
鬱陶しい、気が滅入るとなりがちです。

ところが絵の世界では少し事情が異なります。
なぜか「雨の情景」を描いた絵は、昔から人気が高いのです。

江戸時代の歌川広重(うたがわひろしげ)は言うに及ばず、
明治時代の小林清親(こばやしきよちか)にも、
大正・昭和時代の川瀬把水(かわせはすい)にも、
「雨の情景」を描いた名作がいくつもあります。

ちなみに彼らはいずれも浮世絵師です。

日本人は描かれた雨の情景に、
独特の詩情を感じてきたということでしょうか。
または鬱陶しいものも絵にすると直接の被害がないので、
風情を感じることができるということなのでしょうか。

油絵の世界では雨の名作は少なく、
有名なのは、ターナーの《雨・蒸気・速度》くらいでしょうか。
その理由は、西洋流の写実的な描写では線を使うことが少ないので、
雨は表現しにくいということがあると思います。

逆に浮世絵版画では描写の基本は線ですから、
雨は表現しやすいのです。

というわけで、
私も油絵画家ですから雨の絵はほとんど描いていません。
雨上がりの情景で《水溜りのある風景》があるくらいです。
そしてもう1点、雨の情景ではありませんが、
どんよりとした曇り空を描いた作品があります。

そこで今回はその絵を『6月の絵』として紹介してみたいと思います。

《曇り空》は1986年に描かれています。
この頃は身近な人工物をモチーフにした絵をよく描いていました。
錆びたドラム缶やシートカバーをかけた車、
ガードレールや自動販売機、
そして信号機や道路標識といったものです。

当時の私はこれらの人工物に時代性を感じ、
それらを描くことで「現代」を表現したかったのだと思います。
とりわけ風景の中に人間の行動を規制したり、
指示したりするものがあることに興味を覚えました。

言い換えれば、それらの約束事によって私たちは管理されているわけです。

中でも発光する信号機の威力は絶大です。
青色はともかくとして、
黄色に変わる瞬間の緊張感、
赤色に変わった時の威圧感は、なかなかのものです。

その時間において、人間は単純な機械によって完全に支配されているのです。

これが習慣化すると、
ほとんど車が通らない田舎道の横断歩道の信号機の前で、
人が長く立ちつくすという状況になるわけです。

管理社会というと、人が人を管理することだと思いがちですが、
現代においては機械が人を管理するというケースの方が、
実は多いのです。

ちなみに私の勤務生活も、
何時からかパソコンの電子メールの指示によって、
一日が動き出しますし、
かつて電車通勤だった時は、
電車のタイムテーブルによって、
毎日の生活が忙しく支配されていました。

《曇り空》に描かれている場所は、
手前のカーブした坂道を上がりきった所で国道に交わるのですが、
右側にもう一本の坂道があるので、
信号機が複雑になっているのです。

毎回この場所を通過するたびに、
この風景をいつか描こうと思っていました。
ある時車を脇に止めて撮影をしていたら、
通りすがりの知り合いに、
車からその場面を目撃されてしまいました。

後でこの絵を見たその知り合いが、
あんな所でも絵になるんだと、
妙に感心していたのが懐かしく思い出されます。

私自身はどんよりとした曇り空の無彩色の中に、
信号機の赤や黄の発光を描き入れることで、
風景の中に緊張感と時間の動きを入れることができたと思っています。

今描いている風景画は、
ほとんどが何気ない自然の情景ばかりなので、
この頃の絵がとても貴重に思えてきます。

ところで雨と同様に、曇り空も信号機も「鬱陶しい」ものではありますが、
絵にすると雨のように風情が出るものでしょうか。

皆さんはどのように思われますか。

泉谷 淑夫

 

 

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