
第15回「身近なポスターの魅力 1」
美術の散歩道は今月から御題が変わって『ポスター』の話がスタートします。
この話を始めるに当たって、久しぶりにポスターのコレクションを取り出してみました。
多くは丸い筒に納められているので、日焼けもなく、折り目もなく、保存状態はいいのですが、
丸めていたので撮影するのが大変でした。
かつてはこれらのポスターの現物を提示する鑑賞の授業もやっていたのですが、
SNS中心の世の中へと移行していく中で、ポスターの使命が減ったのか、
最近は目に付くポスターがめっきり少なくなり、
収集もピタッと止まってしまいました。
ポスターの歴史にもいずれ触れますが、
この150年間でもポスターが活躍していた時代は何度かありました。
それを思うと今日の状況は寂しい限りですが、
私が収集したポスターを皆さんとともに味わうことで、
再びポスターが注目される日が来たらいいなという気持ちで、話を進めて行きたいと思います。
どうぞお付き合いください。
まずは私がポスターを収集し始めたきっかけです。
中学校で美術を教えていた頃、ポスターの研究授業をやることになったのですが、
導入をどのようにしたら生徒たちがポスターに興味を持つだろうかと考え、
出した結論が「彼らの生活空間の中にある実物のポスターを美術室に持ち込んだら驚くのではないか」でした。
早速最寄りの地下鉄の駅に張られていたポスターをゲット(写真1)。

これは多くの生徒が毎朝見ていたので効果は絶大でした。
内容は駅構内でのマナーを訴えたもので、
調べてみると東京の営団地下鉄がシリーズでマナーのポスターを制作していることが分かり、
とりあえず東京に出かけ、歌麿の浮世絵をパロッたすぐれものをゲット(写真2)。

これは私のコレクションの中でも貴重な一枚です。
歌麿のパロディは汚いものをきれいなものに置き換えて粋ですね。
ちなみに現物は残念ながら持っていませんが、皆さんに営団地下鉄のマナー・ポスターの大傑作2枚を紹介しておきます。
一枚はチャップリンの映画『独裁者』をパロッた『独占者』(写真3)。

中央の威張った人と左右の迷惑そうな人の表情の対照が見事です。
もう一枚はロダンの《考える人》をパロッた『考えない人』(写真4)。

こういう人時々居るんですよね。
それにしてもブロンズのリアルな描写がスゴイ!
ユーモアやウィットから生まれる風刺は、刺さりますね。
これらを見ても自分の愚行に気付かない人は、救いようがない気がします。
こうして始まった私のポスター収集ですが、探し始めるといい出物に出会えるから不思議です。
例えば横浜の桜木町にある青少年センターの近くに掲示されていた
『グレンギャリー・グレンロス』という演劇のポスター(写真5)。

これなどは生徒をセンターに引率していく途中で偶然見つけたんですからね。
作者は分かりませんが、
おじさんたちの顔でこれだけのインパクトを出している例は、そうはないですよ。
それから今では懐かしい『エプソンのワープロ』のポスター(写真6)。

無味乾燥な文明の利器も、このように野生の動物と組み合わせることで印象が変わります。
デザイナーのセンスが光っていますね。
部分図でイラストの密度の高さも味わってください(写真7,8)。


センスと言えば『エイモス・スポーツ・クラブ』のポスターもイケテますよ(写真9)。

東洋と西洋の男女の神様、俵屋宗達の風神とボッティチェリのヴィーナスを組み合わせて、
「人生復興運動」だと言われれば、その気になってしまうじゃないですか!
名画の引用という点では『多摩川園ラケットクラブ』のポスターもいい味を出しています(写真10)。

このポスターの絵、何の絵を下敷きにしているか分かりますか?
点描画の巨匠スーラの代表作《グランドジャッド島の日曜日の午後》ですね。
部分図で点描表現も確認してください(写真11)。

ここまで紹介したポスターに共通しているのは、
図がイラストレーションであるという点です。
最近は写真を使ったものが圧倒的多数ですが、それだけポスターの印象度は弱まっています。
写真のすべてが弱いわけではありませんが、人間によって図としての情報が整理され、強調されたイラストレーションは、やはり人間に訴えかける力も強いのです。
私が考えるポスターの機能は、
道行く人を一瞬立ち止まらせること、
メッセージを印象的に伝えること、
長く記憶にとどめさせることですが、
写真と絵とどちらがそれにふさわしいかは一度考えてみたいものです。
というわけで、第1回目の最後に3点ほど優れたイラストレーションのポスターを紹介してみたいと思います。
一つ目は『プラネタリウム』のポスター(写真12)。

流れ星を眺める親子3人のシルエットが、自転車のタイヤのスポーク越しに見えます。
ロマンチックな夏の宵の空気が伝わってくるようです。
部分図で見るとより宇宙が身近に感じられます(写真13)。

二つ目は『動物園・水族館シンポジウム』のポスター(写真14)。

私のコレクションの中でも1、2を争うキャッチーなデザインです。
単純化と拡大が生む絶大な訴求効果です。
最後は如情味あふれる『白い犬とワルツを』(写真15)。

アメリカの小説を元に映画化もされた物語の宣伝ポスターですが、これ一枚でも泣けてきませんか?
これだけ深みのあるメッセージを伝えられるのは、やはりイラストレーションだからでしょう。
次回も身近なポスターの魅力について語ります。