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第43回「未紹介の素晴らしい絵本たち・海外編1」

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今回からは未紹介の素晴らしい絵本たちの海外編を2回に渡ってお届けします。
日本編で紹介した絵本とは一味違う海外絵本の魅力を知っていただければ幸いです。

今回紹介するのはすべて翻訳版ですから、絵だけでなくテキストの方も楽しんでいただけます。

最初は鑑賞の授業でも扱っているアメリカの絵本
『人生の最初の思い出』(みすず書房)です。(写真1)

写真1『人生の最初の思い出』

パトリシア・マクラクラン:作、バリー・モーザー:絵、長田弘:訳によるこの絵本は、
アメリカの北西部にあるワイオミング州の広大な大地を舞台に、
牧場で暮らす少女の引っ越しにまつわるお話で、
それまで暮らした土地への愛着と生まれたばかりの弟への切ない思いが語られて行きます。

写真2『人生の最初の思い出』

見開きの左側にテキスト、右側に版画によるイラストレーションが整然と配されたページ構成ですが、
私は右側の絵の力にまず惹かれました。

写真3『人生の最初の思い出』

木版画の単色表現ですが、大胆なトリミングと陰を強調した明暗処理が、
一枚絵としての魅力を高めています。
ここでは3場面しか紹介できませんが、
どれも皆さんの想像力を刺激するのではないでしょうか。(写真2,3,4)

写真4『人生の最初の思い出』

そこで授業ではカラーコピーで拡大した絵のみを順に掲示して、
そこから物語を想像させ、主人公を探させるのです。

「まず絵だけを鑑賞して、気づいたことから物語を推理し、最後にテキストを読む」
というのが、私の提案している絵本の読み方ですが、
この絵本はその作業におあつらえ向きです。

また登場人物や自然の描き方が、どこかあのワイエスを思わせるのも、
私がこの絵本に魅力を感じる理由です。

写真5『金のりんご』

二冊目は私が敬愛するチェコ・スロバキアの幻想画家アルビン・ブルノフスキーによる絵本
『金のりんご』(福音館書店)で、翻訳は内田莉莎子です。(写真5)

ブルノフスキ―は版画と水彩画の名手で、
その大胆かつ精密な絵画世界は、世界的にも注目されています。

私が岡山大学に赴任した翌年の1995年に、大学の近くにあった「まつもとコーポレーション・デビッドホール」という所で展覧会が開催された関係で、偶然出会えた作家です。

以来、独特な発想、異常なまでの細密描写、白黒と極彩色の対照的な色彩世界に魅せられて、
学生たちにも毎年紹介している作家です。

『金のりんご』は東欧の昔話を元にした絵本で、悪魔に奪われた二つの城と二人の花嫁を、
謎の老婆の助けを借りて王子が取り戻すというストーリーです。

最初と最後の表紙見返しの見開きを見ただけでも、
絵のクウォリティと色彩表現の魅力が伝わるのではないでしょうか。(写真6)

写真6『金のりんご』

他にも二人の花嫁が井戸から引き上げられるシーン(写真7)と

写真7『金のりんご』

老婆の使いの猫の力で金のりんごを取り戻すシーン(写真8)を紹介しておきます。

写真8『金のりんご』

ブルノフスキ―の濃密な絵画世界をじっくり味わってください。

写真9『天地創造のものがたり』

三冊目はノーマン・メッセンジャー:絵、池田裕:文による
『天地創造のものがたり』(岩波書店)です。(写真9)

「天地創造」は旧約聖書の物語で、神が闇の世界に光を生み出してから、
空と海、大地、植物、果実、太陽と月、海の生物、鳥、動物、そして最初の人間までを
6日間で創造したというお話です。
大長編映画にもなっていて、それで見たという方もいるのではないでしょうか。

メッセンジャーはこの壮大な物語に臆することなく、真正面から対峙し、
素晴らしい画力で各場面を描き切りました。
温かみや素朴さも感じさせるその精緻な描写には、彼の絵に対する誠実さがよく表れています。

ここでは広大な海原と陸地が誕生した場面(写真10)、

写真10『天地創造のものがたり』

大空にたくさんの鳥が飛び立つ場面(写真11)、

写真11『天地創造のものがたり』

動物たちが地上を埋め尽くした場面(写真12)の三つを紹介しておきます。

写真12『天地創造のものがたり』

メッセンジャーの絵に魅了され、きっと皆さんもこの絵本を読んでみたくなるでしょう。

写真13『いったいぜんたいどうなってたことか』

四冊目は『天地創造のものがたり』には登場しない動物たちの絵本です。

旧約聖書が書かれた頃には知られていなかった動物と言えば恐竜です。
恐竜として認知された化石の発掘は19世紀前半のことですから、知られていなくて当然です。
知られていたら全く違う『天地創造のものがたり』が書かれていたことでしょう。
私は恐竜ファンなので、恐竜関連の文献を色々持っていますが、恐竜の絵本もかなり集めています。

その中で今回はちょっと変わった恐竜絵本を紹介しましょう。

ケン・レイニイ:作、いまえよしとも:訳の
『いったいぜんたいどうなっていたことか』(ブックローン出版)です。(写真13)

この絵本は恐竜が今も元気だったらという仮定のもと、様々な情景を妄想して描いています。

例えば「恐竜の動物園」とか(写真14)、

写真14『いったいぜんたいどうなってたことか』

「道路を横断する巨大草食恐竜」とか(写真15)、

写真15『いったいぜんたいどうなってたことか』

「恐竜のロデオ」とか(写真16)。

写真16『いったいぜんたいどうなってたことか』

どのイラストも光の処理が独特なので、ネガ写真を見ているような印象です。

そして最後の見開きで、猫を抱いた恐竜好きの少年が
「やっぱり、恐竜がいなくなってよかったんだと、おもうんだけどなあ…」と語ります。(写真17)

写真17『いったいぜんたいどうなってたことか』

実はその見開きのイラストにとんでもない仕掛けが隠されているのですが、
皆さんは気づかれるでしょうか?

写真18『あおむしのぼうけん』

五冊目は恐竜とは対照的な小さな存在にスポットを当てた絵本、
イルムガルト・ルフト:作、松沢あさか・花岡昭子:訳による
『あおむしのぼうけん』(さ・え・ら書房)です。(写真18)

虫を扱った絵本と言えば熊田千佳慕さんを思い出す人が多いでしょう。
ところが西洋では虫は極めてマイナーな存在で、
『ファーブル昆虫記』を生んだフランスですら、子どもたちはあまり虫に関心がないようです。
作者のルフトはドイツ人ですが、この絵本は西洋では珍しいもののひとつかもしれません。

あおむしはアゲハチョウの幼虫で、やがてさなぎとなり、羽化してアゲハチョウになります。
この絵本でも唯一の食料であるヤマゼリの葉を食べるために、
危険がいっぱいの車道を横断します。(写真19,20,21)

写真19『あおむしのぼうけん』
写真20『あおむしのぼうけん』
写真21『あおむしのぼうけん』

人間が車道を横断するのとは訳が違います。
画面から必死で道路を渡るあおむしの姿を見つけてください。

こうして何とか目的のヤマゼリの葉に辿り着きます。

そこがあおむしにとっては、チョウへの変身を約束する楽園であることが、
自然の生命力に満ちたイラストでよく分かります。(写真22)

写真22『あおむしのぼうけん』

この絵本は虫の目線で世界を見ることの大切さを教えてくれます。

写真23『歌う悪霊』

六冊目は怖い絵本です。
それも日本では珍しい北アフリカのサエル地方の昔話に基づく
ナセル・ケミル:作、エムル・オルン:絵による『歌う悪霊』(小峰書店)です。(写真23)

この絵本との出会いは全くの偶然で、
岡山大学の近くのスーパーの催事コーナーで開かれていた古本市のワゴンをちょっと覗いてみたら、
この絵本が目に留まったのです。

古本と言ってもこの絵本は明らかに新古書で、数もたくさん出ていたところから、
日本では売れ筋ではないのだと気付きました。
たしかに親が子どもに読ませたいとは思わなそうな内容です。
しかし私はこの絵本に魅せられてしまいました。

物語は一人のとても貧しい男が、悪霊が支配する荒れ野に出かけ、
迷った挙句にその荒れ野を自分の麦畑にしようと思い立ち、
地面を覆っている茨を抜き始めます。

すると悪霊が地面の底から湧き出てきて、男の作業を手伝います。

次の日、男が石ころを取り除き始めると、倍増した悪霊が現れ、また男の作業を手伝います。

翌日も男が荒れ野を耕し始めると、さらに悪霊が倍増して現れ、手伝います。

やがて男は大地に種を蒔き、やがて麦が実り、男が幼い息子を麦畑に行かせたところ…という展開で、

結末はとても悲惨です。

怖い絵本に興味のある方はぜひ読んでみてください。
ここでは怖さが伝わりそうな三場面(写真24,25,26)と

写真24『歌う悪霊』
写真25『歌う悪霊』
写真26『歌う悪霊』

おぞましい姿に変容した巨大な手が子どもに襲い掛かる場面(写真27)を紹介しておきます。

写真27『歌う悪霊』

ご堪能ください。

写真28『夢の旅人』

七冊目は不思議な旅感覚が味わえる絵本で、
ギー・ビルー:絵、井上陽水:詩による『夢の旅人』(新潮社)です。(写真28)

ギー・ビルーは別名ガイ・ビルアウトとも表記されるフランスの人気イラストレーターで、
リクルート社発行の『Creation No.5』という本に特集されたこともあります。

絵がきれいで、画中におしゃれなトリックを仕掛けるのを得意としています。
この絵本でもその才能は十分に発揮されていて、だまし絵などが好きな向きにはお薦めの作家です。

井上陽水は日本を代表するシンガー・ソングライターとして、知らない人はいないでしょう。
こんな黄金コンビによる絵本ですから、面白くないわけはありません。
知的な冒険をしたい人は、きっとはまるはず!

絵本の構成は見開きの左ページに列車で旅する少年と車窓の風景の一部が小さめに載っています。

写真29『夢の旅人』

右ページには車窓の風景の全体が載っていますが、
左ページではカットされている部分に仕掛けがあって、
窓外の世界は実はこうなっているということが分かる仕組です。

写真30『夢の旅人』

そして次第に少年にもある変化が起きます。

ここでは前半の三場面をピックアップします。(写真29,30,31)

写真31『夢の旅人』

旅と車窓の風景は切り離せません。
その旅に人生の旅を重ねたのがこの絵本です。
仕掛けを楽しんでください。

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