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第56回「今年の締めはやはり天井画!その制作の経緯」

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今年も師走を迎えてしまいました。
なんて1年が過ぎるのが早いのだろうと多くの人が思っていることでしょう。

今年の『美術の散歩道』は10月までは「猫のギャラリー」を連載しました。
そして11月は15年ぶりとなる平塚での個展のご案内でした。
この12月をどうするかは少し迷いましたが、今年の総決算として
6月の天神山文化プラザの回顧展で初披露した天井画対作《龍神雷光図》と《蓮華鳳凰図》を改めて取り上げることにしました。(写真1,2)

写真1《龍神雷光図》
写真2《蓮華鳳凰図》

天井画の詳しい紹介と解説は記念リーフレットの方に載せましたので、そちらをご参照ください。
ここではリーフレットに載せなかった内容を中心に紹介します。

天井画でまず熟慮したのが龍神の顔のデザインです。
想像上の生き物なので、基本的にはどんな顔でもいいわけですが、
龍神は無尽のエネルギーを秘め、宇宙の気象を司る存在ですから、
それなりの風格や激しさを秘めたデザインにしなくてはと思いました。

これまで天井画などに龍を描くケースでは、伝統的な龍のデザインを踏襲するのが普通でした。
私もそういう龍を描くのが当たり前と最初は思っていたのですが、
《龍神雷光図》のテーマは人間の理不尽なエネルギー濫用に対する龍神の怒りなので、
従来のどちらかと言えばユーモラスにも見える龍の顔は避けることにしました。

もう一つは対作の鳳凰との関係で、
中国の伝説では登竜門を上り詰めた若鯉が龍になり、
龍はやがて鳳凰に進化し不老不死の生命を得るとなっているので、
龍と鳳凰の顔がまるきり違っているのはどうなんだろうという疑問が湧きました。

そこで浮かんだのが最近の恐竜研究の成果で、恐竜は絶滅したのではなく、
鳥に進化して現在も生き延びているという学説です。
それに倣うなら龍の顔を鳳凰に近づけるのも根拠があるなと思いました。
実際、近年の肉食恐竜の顔はCGでもイラストでも鳥に近づいています。
それに倣い私も龍の顔を猛禽類の顔に似せました。

この顔が受けいれられるかどうかは賭けでしたが、幸い公開時には好評で安堵しました。
そして私は会場で展示された龍神の口と鳳凰の口を見比べて、
その二つが「阿吽」の形になっていることに気付きました。(写真3,4)

写真3《龍神雷光図・部分》龍神
写真4《蓮華鳳凰図・部分》鳳凰

言うまでもなく「阿」は物事の始まりを表し、「吽」は物事の終わりを表します。
つまり龍神が描かれた画面が現在の私たちの世界の状況であり、
鳳凰が描かれた画面が将来の私たちのあるべき世界の状況なのです。
この対照は最初から意識はしていましたが、
龍神の口と鳳凰の口の形を「阿吽」にしようという強い意志があったわけではなかったので、
展示された時に改めて気づいて、これはきっと神様いや日蓮様のお導きに違いないと思った次第です。

これに似たことは実は若い頃の絵にもあって、
私が初めてコンクールに出品した《冬》という絵でも、
鳥と植物が合体した異形の生命体の向き合う姿が「阿吽」になっています。(写真5)

写真5《冬》

私が世に出した最初の作品と集大成の天井画の両方に
「阿吽」が無意識のうちに造形化されていたのです!
回顧展の会場展示を見てこれに気付いた時、
「これは使える!」とギャラリートークの内容を変更しました(笑)。

ところで私が龍神のデザインに際し、参照したのは主に東洋の龍の絵でした。

西洋の絵にも龍は登場しますが、たいがいは地に足を付けた肉食恐竜型で、
宙に舞わせるのには全体の形が蛇状の東洋の龍がふさわしいと思ったからです。
個人的に好きなのは北斎の肉筆画の龍ですが、
漫画家の鳥山明氏の描く龍もバランスが取れていて上手いなと思います。
しかしいずれも龍の顔は伝統的なデザインに従っています。
結局、私の場合はオリジナル・デザインにならざるを得なかったわけですが、
その後面白いものを発見しました。

私が大阪芸術大学で出している講義科目のひとつ『美術特論Ⅳ』で、
今年の後期は「ロマン主義と象徴主義の絵画」を紹介しているのですが、
4回目の授業で扱ったギュスターブ・モローの作品の中に、
何と龍の頭が鳥の形になっている絵を2点発見したのです。

一つ目は《聖ゲオルギュースと龍》という絵です。(写真6)

写真6 モロー《聖ゲオルギュースと龍》

この絵に出てくる龍の頭部は完全に鳥です。(写真7)

写真7《聖ゲオルギュースと龍》部分

二つ目は《パエトン》です。(写真8)

写真8 モロー《パエトン》

こちらも龍の頭部は明らかに鳥です。(写真9)

写真9《パエトン》部分

これらに対し、西洋画では例は少ないもののラファエロの《聖ゲオルギュースと龍》のように、
大きな口に牙が並び立つ爬虫類のような頭部が主流です。(写真10)
言わば大型肉食恐竜のイメージです。

写真10ラファエロ《聖ゲオルギュースと龍》

しかし恐竜の存在が知られ、科学的な研究が始まったのは19世紀も後半になってからで、
ましてや「恐竜の子孫が鳥である」という学説が定着したのは近年のことですから、
西洋画家たちの想像力に驚くとともに、
19世紀に活躍したモローが龍の頭を鳥の形で表したのは何故なのか、とても興味深い謎です。

いずれにせよこの話を出したのは、
龍の頭部を鳥として描いたのは残念なことに私が初めてではなく、
モローという偉大な先人がいたことをお伝えしたかったからです。

天井画の制作経緯については、
月刊『美術の窓』6月号に掲載された文章を今回載せましたので、そちらをご覧ください。

さて肝心のお寺の天井への設置は来年3月頃が予定されています。
桜の咲く頃には奉納式とともに、天井画を見るためのバス・ツアーが組まれるかもしれません。
その機会にまた皆様にお目にかかれればと思います。

では良いお年を!来年は辰年ですからね(笑)。

初体験!お寺の天井画制作

アバター
龍神
ここからは、私たちの天井画が完成するまでの
制作経緯を紹介します。
月刊『美術の窓』2023年6月号に掲載された記事です。
アバター
鳳凰
約4年間の少し長いお話ですが、お楽しみください。

2020年の春、池田20世紀美術館での企画展を無事終え、
ほっとしていたところに始まった忌まわしいコロナ禍。
緊張の日々が始まった頃、私の元へ思いがけないオファーが舞い込んだ。
それが「お寺の本堂に飾る天井画」の依頼であった。

笠岡市にある圓明山法華寺という日蓮宗のお寺の副住職、井口氏からの依頼で、彼は私の岡山大学時代の教え子であった。
卒業後も僧侶業に励む傍ら、私の制作活動にも関心を持ってくれていたようで、日蓮聖人降誕800年の記念事業として本堂に天井画を飾る企画を立て、その絵師として洋画家の私をあえて指名してくれたのである。
嬉しいオファーではあったが、即座に了解とは行かなかった。

そこには二つの難問があったからだ。
一つは「宗教画」という難問、もう一つは「天井画」という難問である。
どちらも未経験で、仏教の世界に詳しいわけでもなく、天井画を描いたこともなかったので、
とりあえず即答は避け、現地の下見に出かけることにした。
法華寺の近くに日本画家に天井画を描いてもらったお寺があるということで、そちらも見学させてもらった。そこでは細かく仕切られた天井板に様々な花の絵が描かれていた。
それを見て私も最初はたくさんの小さな絵を描く構想を持ったが、
あまり気が乗らず、良い案も浮かばなかった。
そのうち副住職から大きな天井画を描くのもありかなという話になったので、
それならやりがいがあると思い、仕事を引き受けることにした。

与えられた制作期間は3年。
最初は3点の連作を考えたが上手くまとまらず、最終的に2点の対作にした。
計画は1年目に2点のエスキースを作り、その構図にゴーサインが出たら、
2年目に1点、3年目にもう1点を描くというものだった。
しかし、調整が必要な問題があった。
この期間にはすでに個展も一陽展も入っているので、それらをおろそかにするわけにはいかないし、
天井画制作を言い訳にしたくはなかった。
そこで通常の制作に半年集中し、残りの半年を天井画制作に費やすというハードな計画を自らに課した。
幸いしたのは2020年春から23年初頭はコロナ過と全く重なっていたので、
大学の授業がオンラインになったり、外出機会が著しく減ったり、一陽展が開催されなかったりしたため、
必然的に家に籠る時間が増え、その分制作に没頭できる期間でもあったことである。

*****

対作のエスキースの構図は、
とりあえず片方に龍神を、もう片方に鳳凰を描くことは決まったが、
それらに何を組み合わせるかは全く白紙だった。
そんな時、録画していたDVDを見ていたら、
宇宙ロケットの発射の場面を上から捉えた映像が出てきたので「これだ!」と思い、
その場面を停止画像にしてカメラで撮影し、これに龍神を組み合わせるという着想を得た。

制作のスタンスはこれまで追求してきた「文明批評」である。
そこで私の代名詞である「羊」と羊飼いでもある宇宙飛行士も加えることにした。
「羊」は人間の置き換えなので、そうすることでメッセージが伝わりやすくなると思ったからである。

ロケット発射の具体的な画像があったので、F6号のエスキース作りは順調に進んだ。
1点目のエスキースは約1か月かかったが、2020年の秋には完成した。

対作で難しいのはこれに組み合わせる2点目の方である。
1点目と同じようではつまらないので、
がらりと構図や色彩を変えるとしても、バランスが悪くてはいけない。
並べた時の交響的な相乗効果も必要である。

龍神が登場する場面は宇宙ロケットの発射という極めて人工的な激しい場面だったのに対し、
鳳凰が登場する場面は、自然豊かな楽園的な情景と決めていたので、
天上界のイメージのある蓮を描くことにした。
そして羊は自然に守られる存在として子羊にした。
鳳凰、蓮、子羊と画面に登場するモチーフはだいぶ固まったが、何か中心になるものがない。

冬に差しかかろうという頃、私は大いに悩んだ。
これでは龍神が登場する1点目の迫力に負けてしまう。
そんな思いを抱いて、「今日も出なかったか」という落胆の気持ちで床に就いたある晩、
目を閉じた私の脳裏に突然あるイメージが降りてきたのである。
そのイメージとは楽園の大地から二本の大樹が上に向かって勢いよく伸びてくるもので、
その動勢は宇宙ロケットと同じである。
すぐに「これだ!」と思った私は布団から跳ね起きて、小さなイメージスケッチを描いた。
双樹と蓮と鳳凰と子羊を組み合わせた構図である。
この力強さなら1点目とのバランスが取れると思った。
こうして人類の歴史を「エネルギーをめぐる自然との闘争」と捉える、
私なりの宗教画でもある天井画対作のイメージが完成したのである。

エスキースも完成し、お寺からの了解も得たが、
もう一つ、天井画を描く支持体の問題が残っていた。
最初は大きなキャンバスに描くつもりだったが、天上に吊るせば、布の重みで早晩たるんでくるだろう。

そこで大阪芸術大学の同僚で絵画材料学に詳しい森井准教授に相談してみた。
得た結論は「木製パネルにジェッソで下地を作って、その上に油彩で描く」というものだった。
パネルには丈夫で厚い外材の合板を用い、
パネルが反らないように、裏にも同じ合板を貼るということになった。
制作も森井氏に依頼し、
エスキースが完成した翌年の二月に約一か月をかけて、2枚の木製パネルを制作してもらった。
大きさは縦182センチ、横234センチで、F150号よりも少し大きい。
そのパネルが届いたのが三月上旬で、
アトリエに入れる時、運送屋の人を手伝って持ってみたが、とにかく重い。
二人でやっと持ち上げられる重量であった。
頑丈なのは安心材料だが、天井に上げられるのか心配になったので、副住職に確認したところ、
天井に穴をあけて太い梁から吊るす予定だから大丈夫とのこと。
作業は大工さんに任せるということになったが、
内心大丈夫だろうかとの心配は2024年春の設置完了までは続きそうである。

*****

天井画の実作にかかってからは大きな変更はなく、
エスキースを拡大する作業が主だったので、後は時間の問題である。
技法も慣れた油彩で、普段から大きな構想画は手掛けていたので順調に進んだ。

最初に描いたのは龍神の方の絵で、2021年の夏に9割がた彩色が進んだが、
そこで突然行き詰まり、一旦筆を置いた。
その後鳳凰の絵にかかり、2022年の秋にそちらも9割がた完成させた。
その間ずっと龍の絵を眺めては、何が足りないのかを考え続けた。
結論は、一通り描けているが全体に迫力不足というものだった。
具体的に言えば、空間が平板で明暗の変化も弱いという判断である。
2022年の年末、もう一度初心に帰って空間にメリハリをつけるべく、
ロケットの噴煙に覆われた背景に手を加えた。
その結果、噴煙の周囲が暗くなったことで深みが増し、
しかもそこに雷光を入れるアイディアが浮かんだ。
この処理は画面に迫力を生み出すうえで効果的だった。
この処理を経たのち、鳳凰の絵の方はより彩度を高める方向で、最後の仕上げにかかった。
予定よりは半年伸びたが、2023年の一月末、足掛け4年で天井画対作が完成し、
それぞれ《龍神雷光図》《蓮華鳳凰図》と命名した。
初の天井画制作はいくつかの困難を乗り越えて、無事ゴールに辿り着いたのである。

泉谷 淑夫

《龍神雷光図》《蓮華鳳凰図》

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