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第17回「身近なポスターの魅力3」

ポスターの3回目は、あまり知られていないポスターの歴史についてお話しましょう。

絵画史に関する本はたくさん出ていますが、ポスター史に関する本はあまりお目にかかりません。
ポスターの歴史が扱われるとしたらデザイン史の本ですが、それ自体が一般の方には縁遠いのではないでしょうか。

実は19世紀後半に西洋で発祥したポスターには、短いですが約150年の歴史があります。
ポスターは印刷物ですから、しばらくは版画の手法によって制作されていました。

ところで西洋では版画と言えば銅版画の黒白表現が主流で、あまり大きなサイズは作れませんでした。
そこで登場したのがカラー・リトグラフの技法で、チェコのゼネフィルダーという人が1826年に開発しました。その技法を使って大判のポスターを最初に世に出したのが、フランスのジュール・シェレです。1866年のことでした。

ちょうどこの頃から日本の浮世絵版画が海を渡って、西洋の美術市場を賑わせ始めていましたから、例えば美人画の中に『美艶仙女香』という白粉の商品宣伝を滑り込ませた渓斎英泉などの浮世絵版画が、何らかの刺激になったかもしれません。(図1~4参照)

図1 栄泉
図2 栄泉・部分
図3 栄泉
図4 栄泉・部分

さてシェレの華やかなポスターは大人気で、1889年にはシェレのポスター展が開催されるほどでした。

そしてポスターは社会の動向と密接に結びついていましたから、シェレのポスターから電話やスケートなど当時の流行がよく分かるのです。(図5、6参照)

図5 シェレ・電話
図6 シェレ・スケート

そんなポスターを一気に芸術の域にまで高めたのは画家のロートレックです。

写楽などの役者絵を彷彿させる力強い造形は、類稀な観察力とデッサン力に裏打ちされ、ポスターの訴求力、求心力を見事に発揮しています。

ロートレックがポスターに描いたコンサート・ホールやアイドル・スターの出現も当時の流行です。
(図 7,8参照)

図7 ロートレック①
図8 ロートレック②

こうして1890年代のパリには“ベル・エポック(良き時代)”が訪れ、アール・ヌーヴォー(新芸術)の波に乗って、時代の寵児が登場します。

皆さんがよくご存じのアルフォンス・ミュシャです。
世紀末のパリはミュシャのポスターを熱狂的に歓迎しました。
舞台女優のサラ・ベルナールとの出会いに始まるミュシャのサクセス・ストーリーが彼の優美な造形に花を添えます。ミュシャがデザインしたサラの舞台ポスターは、いずれも大人気で、貼るそばからはがされたという伝説があるほどです。(図 9,10参照)

※ポスターをクリックすると、全体像が見られます。

図9 ミュシャ①
図10 ミュシャ②

ところで次のミュシャのポスターが何のポスターか分かるでしょうか?(図 11、12参照)

図11 ミュシャ③
図12 ミュシャ④

アール・ヌーヴォーのポスターは基本的に女性が主役です。
それはアール・ヌーヴォーの反機械文明や自然回帰の理念を女性が代表しているからですが、ミュシャの場合はそれが極限まで強調されるので、何のポスターなのかが分かりにくいのです。
視覚伝達デザインの基本から言えばそれは問題なのですが、時代精神を集約し、手元に置いて眺めていたいという点では、すぐれたポスターと言えます。

ちなみに、図11はJOBという紙巻きたばこの用紙の宣伝、図12は観光地モンテカルロへの鉄道の旅に誘うのが目的です。
しかし、それよりも描かれている女性の方が記憶に残るのがミュシャのポスターで、それは今日のテレビCMにおけるイメージ戦略と同じです。

ところでこの時代のポスターはミュシャで代表されるため誤解を招きがちですが、実はミュシャには多くのライバルがいて、彼らはミュシャとよく似たスタイルで売っていました。

今回はその中からリブモンという作家を紹介しておきます。

リブモンの代表的ポスターを見てください。( 図13参照)

図13 リブモン

ミュシャと似ていますが、ミュシャとは違う個性を持っていることが分かるでしょうか。
ミュシャほど力強くはありませんが、優美でエレガントな雰囲気を湛えています。
このような作家がいたことをぜひ知ってもらいたいのです。
興味がある方はグラッセ、フール、ベルトンなども調べてみてください。

その後ポスターの世界には大ブームがなかなか訪れませんでした。

1910年代は第一次世界大戦やロシア革命が起きた激動の時代で、政治的プロパガンダのポスターは数多く作られましたが、芸術性の高いポスターは登場しません。

やがて1920年代から30年代になると大型蒸気船などの登場によって旅行ブームが起こり、直線的なアール・デコ(装飾芸術)様式も確立し、ポスターの黄金期が再来します。

この時代を代表するのはカッサンドルで、彼のポスターのイメージから“英雄の時代”と呼ばれたりもします。ミュシャとは対照的な男性的で力強いカッサンドルのポスターを見てください。(図14~17参照)
とにかくカッコイイのです。

図14 カッサンドル北方急行
図15 カッサンドル北極星号
図16 カッサンドルノルマンディー号
図17 カッサンドルステイテンダム号

今見ても全く古さを感じさせません。彼のポスターを見て、旅へのロマンを掻き立てた人がどれほどいたことでしょう。遠近法の強調、仰角のアングル、シンメトリーの構成、ズームアップ、色彩のグラデーションなどが彼の主な手法です。

1930年代の後半からは、時代は再びきな臭くなり始め、1939年からは第二次世界大戦が始まります。

世界中が混乱する中で、ロシアからアメリカに渡ったユダヤ系移民の一人が、社会性豊かなポスターを創ります。

ベン・シャーンです。

戦争の残虐さを告発した彼のポスターは今でも高い訴求力を持っています。(図18参照)

図18 ベン・シャーン ナチの残虐行為

またポスターならではの大胆な構成にも、心を奪われます。(図19参照)

図19 ベン・シャーン 感謝!

珍しい横長のポスターでは、溶接工のサングラスに赤い鉄塔を映す憎い演出で魅せます。(図20参照)

図20 ベン・シャーン 戦後の完全雇用

少年が平和を訴えかけるポスターでは、顔の表情と手がすべてを物語っています。(図21参照)

図21 ベン・シャーン 平和を下さい

ロートレックやミュシャ、カッサンドルやベン・シャーンのポスターに共通するのは、個性的で印象深いイラストレーションの魅力です。
デザインの世界は絵画と違って、必ずしも個人の名前を遺すことが目的ではありません。
それでも彼らが個人の力で時代を築き、個人の力で時代を切り取ったことは事実です。
その武器として用いられたのがイラストレーションなのです。

次回は戦後から現代までのポスターの歴史を見ていきます。

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