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第19回「展覧会のポスター①」

これまでに、近年は手描きのイラストレーションを使ったポスターが見られなくなったという話をしてきましたが、一つだけ特殊な例外がありました。

それが今回から2回に分けて扱う展覧会ポスターです。

私は鑑賞教育にも取り組んでいますから、展覧会ポスターは常にチェックし、収集もしています。

展覧会ポスターは身近なポスターの一種ですが、他のポスターと違い美術作品が使われるので、必然的に「手描きの絵」の要素が強い、独特の魅力を持っています。

そこからポスターはデザイナーのものであると同時に、使われた作品の作者のものでもあるという両義性も生まれます。

この両者の微妙な関係が展覧会ポスターのデザインに緊張感をもたらし、ポスターの出来を左右するのです。

つまりデザイナーがいかに原作の良さを引き出すかがカギで、デザイナーが張り切りすぎるとおかしなポスターになってしまうこともあります。

言わば展覧会ポスターとは「デザイナーによる芸術作品のプレゼンの場」なのです。

以下に代表的なデザインの手法をいくつか紹介しながら、展覧会ポスターの秀作を通して、両者の関係を見ていきたいと思います。

最初に紹介するのは、使用する作品の全図をそのままレイアウトするタイプのものです。

作品に文字などの情報を被せることはしません。そこには「作品の力を信じているよ!」という潔い判断が感じられます。

一方で「どこをデザインしたの?」と言われかねないので、勇気がいります。しかし、すぐれた美術作品には人を引き付ける強い力が本来備わっていますから、何もしないことも時には最良の策なのです。

このタイプのポスターは作品をじっくり見させるのがねらいですから、周囲の処理は自然とシンプルなものになります。

この手法が生きるのは、取り上げる作品が超有名な作品か、あまり知られていないが間違いなく良い作品である場合です。

写真1 ルーベンス
写真2 フェルメール

例えばルーベンス。

使われた作品はそれまでほとんど紹介されていなかったので、絵柄とも相まってかなりのインパクトでした。

フェルメールの名作を使ったポスターの格調高い静謐な雰囲気と比べると、ルーベンスの方は躍動感、生命感が溢れていて、この2作は対照的です。(写真1、2)

注目点は周囲の色彩処理で、どちらも見事に作品の色と関連付けて統一感を生んでいることが分かるでしょう。

写真3 セガンティーニ
写真4 ルドン
写真5 ファイニンガー

よりシンプルな周囲の処理のものとしては、セガンティーニ、ルドン、ファイニンガーの場合が挙げられます。デザイナーは一見何もしていないように見えますが、文字の色はしっかり作品に合わせているので、落ち着いて作品を鑑賞することができます。(写真3~5)

これらの作品は日本では紹介される機会が少ないので、資料的価値が高いポスターでもあります。

写真6 有元利夫
写真7上田薫
写真8 野又穣

このタイプで日本の現代洋画を扱ったものとして、有元利夫、上田薫、野又穣の例を挙げます。
(写真6~8)

この中で有元、上田のものは周囲の処理が素朴ですが、どちらも作品に力があるので、吸引力は抜群です。

一方、野又のものはデザイナーの洒落たセンスが光っています。文字にこれだけの工夫をした例は珍しいでしょう。

写真9 大林千萬樹
写真10 速水御舟
写真11 国芳

日本画を扱ったものも紹介しておきましょう。(写真9~11)

一つ目は岡山の画家ですが、ほとんど知られていなかった大林千萬樹(ちまき)の代表作を扱ったポスターです。
縦長の全図を中央に収め、周囲を黒で処理したこのポスターの印象度は極めて高く、このポスターで大林千萬樹に興味を抱いた人は少なからずいたことでしょう。

次は有名な速水御舟の屏風絵を取りこんだポスターです。
使われている作品は《翠苔緑芝》という四曲一双の屏風で、左隻を上に右隻を下に配し、中央を黒にして締めています。一双の屏風絵を左右ではなく上下に並べるのは奇策ですが、両隻の全体をじっくり見られるのは、ファンにしたら嬉しいものです。

これとよく似ているのが国芳の大判三枚続きの浮世絵を扱ったポスターです。
こちらは上の図に文字が被さっていますが、横文字にすることで少し弱め、中央は補色で引き締めています。

このように上下に作品を配置するのは日本画ならではのものでしょう。

写真12 ダリ

これまで紹介してきた「作品の全図をそのままレイアウトするタイプ」の中にも例外はあります。

それがダリ展のポスターです。(写真12)

上半分に《記憶の固執の崩壊》という名作の全図を納めていますが、下半分には何とインパクト大のダリの顔を大きくレイアウトしているのです。

展覧会ポスターに作者の顔が使われること自体稀ですが、ダリの顔がすでに宣伝力のある「商品」になっているということでしょうか(笑)。

写真13 フェルメール
写真14 ミレイ
写真15 フェルメール

二つ目に紹介するのは作品のほぼ全体を裁ち落としで取り込み、その上に効果的に文字情報をかぶせるタイプです。(写真13~15)

このタイプでは作品画像のどこに文字情報を被せるかがデザイナーの腕の見せ所です。フェルメールの代表作《絵画芸術》を扱った例では、文字情報が目立ち過ぎないようにしているため、絵の雰囲気を壊さずに格調の高いポスターに仕上がっています。

ミレイの代表作《オフィーリア》を一回り小さく納めたポスターでも、文字情報の主張を極力抑えて全体にエレガントな雰囲気を醸し出しています。

これらは文字情報ではなく、作品の吸引力を上手に生かしたデザインと言えるでしょう。

対照的にフェルメールの《牛乳を注ぐ女》を扱った例では、絵の力強さと呼応するようなレイアウトと文字処理で、訴求効果の高いポスターになっています。

このタイプで特徴的な人物像を扱ったものは、強い吸引力を持っています。

写真16 アルチンボルド
写真17 ボテロ
写真18 ブルノフスキ

ここでは代表的な三つの例を挙げてみます。(写真16~18)

近年人気のアルチンボルド展のポスターは、「春」の花々で若い女性の顔に見せかける奇想画を扱っていますが、その奇矯なイメージは吸引力抜群です。

ボテロ展の方はシンプルな処理ですが、作品の持つ温かみやユーモア感、膨張感を上手く生かしていて、つい微笑んでしまいそうです。「ボテロ展」のロゴもかわいく決まっています。

三つ目は日本ではあまり知られていない東欧の画家・版画家A.ブルノフスキ展のポスターです。岡山大学に赴任したての私は、街で偶然見かけたこのポスターに魅せられ、すぐに展覧会場に足を運んだほどでした。この女性の髪の部分の表現はあまりにも特異ですからね。

やはり美術作品の持っている吸引力はすごいのです!

人物画が主流ではない日本画ではあまりこのような例は見られませんが、やはり日本画には日本画の良さがあります。

写真19 若冲
写真20 広重

ここでは派手な祝祭的イメージを表した若冲展のものと、色彩は地味ながら絵の持つ動勢を最大限に生かした広重展のもの(写真19、20)を紹介しましょう。

若冲展は全体を紅白でまとめ、他作品のキャラクターも絡ませて、華やいだ画面にしています。

これに対し広重展は黒を基調に1点のみでまとめ、力強い運動感を引き出しています。

この絵は広重の『名所江戸百景』の中の一枚ですが、特に私が気に入っているものです。

この絵に限らず自分の好きな絵が使われている展覧会ポスターに出会うと嬉しくなります。

そんな人間がいる限り、展覧会ポスターはこれからも不滅な気がします。

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