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第25回『絵本は小さな美術館』その2 センダックの絵本

絵本の2回目はモーリス・センダックという人の絵本を紹介します。
絵本好きの方ならすでにセンダックはよくご存じでしょう。
何故なら絵本を探しに本屋に行けば、必ずと言っていいほどセンダックの絵本には出会えるからです。
これはかなり珍しいことです。
というのも絵本は初版本が出た後、増刷されるのは大ヒットした一握りの絵本だけで、多くの絵本は初版で絶版ということになるからです。

また絵本コレクターはめったなことでは気に入った絵本を手放しませんから、買いそこねた絵本をネットで探しても、手に入れることは難しいのです。
ですから気に入った絵本を本屋で見つけた時は、できるだけ買っておくことをお勧めします。
ちなみにセンダックの代表的絵本『かいじゅうたちのいるところ』は増刷に増刷を重ねた大ベストセラーですから、いつでもどこでも手に入るというわけです。

写真1 かいじゅうたちのいるところ

そんなに有名な絵本ですが、『かいじゅうたちのいるところ』(写真1)の絵本としての本当のすごさを分かっている人は、案外少ないのです。
私はこの絵本から多くのことを学びました。
その結果、この絵本が「絵本の古典」と称される意味がよく分かりました。

以下に私が学んだことを列記すると、

1.表紙に工夫がされている。(写真2)
2.めくる楽しさを考えて全体を構成している。
3.見開き画面をフル活用している。
4.クライマックスシーンの演出に長けている。
5.各画面の絵の迫力を大事にしている。

写真2表紙と裏表紙

これらは絵本に造形的な視点からアプローチした時に初めて気づく内容です。
テキストを読んでストーリーを理解し、絵本を体験した気になっている人は、これらのことには案外無頓着です。
たとえば2についてですが、この絵本の画面の大きさがめくるたびに少しずつ変化していくことに気づいている人は稀です。

4ではクライマックスシーンが3度繰り返され、それらの画面からテキストが完全に消えていることについて考えている人も稀です。(写真3)

写真3 クライマックスシーン

だからこそ授業や講習会、講演会などでこのことを指摘し、気づいてもらうとたいがいは感動し、絵本を見る目が変わってくるのです。

つまりセンダックの絵本はそれだけ革新的で、伝達メディアとしての可能性を飛躍的に拡大したのです。
私は絵本の講義の始めによく「絵本のメディア性」の話をします。
テキストの良し悪しではなく、メディア性の観点から絵本を評価すべきという主張です。
そこで上げる4つの要素は「1.表紙 2.めくる 3.見開き 4.絵の連続」ですが、これらはすべて『かいじゅうたちのいるところ』から導き出し、他の絵本で検証したものばかりです。

ちなみに優れた絵本にこの「絵本のメディア性」がよく当てはまります。
おそらく多くの絵本作家もそのようにしてセンダックから大事な表現法を学んだのではないでしょうか。
そんなセンダックの代表的な絵本を以下に紹介して行きましょう。

まずは『まよなかのだいどころ』(写真4~6)と

写真4 まよなかのだいどころ①
写真5 まよなかのだいどころ②
写真6 まよなかのだいどころ③

『まどのそとのそのまたむこう』(写真7~9)です。

写真7 まどのそとのそのまたむこう①
写真8 まどのそとのそのまたむこう②
写真9 まどのそとのそのまたむこう③

これらは『かいじゅうたちのいるところ』と合わせて三部作と言われています。

この三部作に共通するのは、
子どもの冒険が描かれていること、
ストーリー展開がシュールであること、
絵のスタイルは異なるが、どれも迫力のある画面作りになっていることです。
その結果、読後に強い印象が残ります。

特に後の二つはそれまでの絵本にはなかったものなので、『かいじゅうたちのいるところ』が発売当時は賛否両論であったのもうなずけます。
また子どもの想像力を強く刺激するので、母親たちが警戒したのも無理はありません。
しかしそれは絵本の対象を子どもだけに限定するからで、最初から大人も楽しめるものと考えれば、これほど魅力的な絵本はなかなかないことに気づくはずです。

この三部作に連なるものとしては『ミリー』と『夜、空をとぶ』とがあります。

『ミリー』はグリムの書いた戦争に関する不思議な物語をセンダックが絵本にしたもので、主人公の少女ミリーは『まどのそとのそのまたむこう』のアイダとよく似ています。
絵の印象は少し変わっていて、細密な描写とカラフルな色彩が特徴です。(写真10~12)

写真10 ミリー①
写真11 ミリー②
写真12 ミリー③

私にはドイツ・ロマン派の画家ルンゲの影響があるように思えます。

『夜、空をとぶ』は正確には「挿絵入りの読本」で、他の詩人の遺した物語にセンダックが挿絵を描いたものです。
モノクロームで描かれた挿絵はどれも魅力があり、しばしそのミステリアスな世界に目を止めてしまいます。(写真13~15)

写真13 夜、空をとぶ①
写真14 夜、空をとぶ②
写真15 夜、空をとぶ③

画面にびっしりとモチーフを配するセンダック独自の構図方もよく分かります。

次は小さいけれど魅力的な絵本を二つ紹介しましょう。

一つ目は縦横共に17.5㎝ほどの挿絵入り読本『ふふふん へへへん ぽん!』です。

写真16 ふふふん へへへん ぽん!①

おかしな題名でしょう。

副題に「もっと いいこと きっと ある」とあり、主人公の牝犬ジェニーが「もっといいこと」を探して旅を続けるという内容です。(写真16~18)

写真17 ふふふん へへへん ぽん!②
写真18 ふふふん へへへん ぽん!③

しかし全体は言葉遊びを入れたナンセンス絵本ですから、意味をまともに考えようとすると訳が分からなくなります。
センダックはどの絵本でも、意味や理屈の窮屈な世界からの解放を訴えているのですから、シュールな世界を楽しめばいいのです。
挿絵はどれも縦11㎝×横11.5㎝の大きさに統一され、緻密なハッチングによる明暗表現で高い密度を出しているので、見飽きることはありません。

二つ目は二重の帙入りという凝った2冊セットの挿絵入り読本『ねずの木』です。
副題に「そのまわりにもグリムのお話いろいろ」とあるように、センダックがグリムの物語100編の中から27の物語を選んで、それに挿絵をつけたものです。
とにかく外も内も装丁に凝っていて、「本好き」の人にはたまらない一遍ではないでしょうか。
(写真19~21)

写真19 ねずの木①
写真20 ねずの木②
写真21 ねずの木③

挿絵は一話に一つずつですから2冊合わせても27枚だけですが、それぞれに「大胆な構図、緻密な描写、ミステルアスな雰囲気」というセンダックらしさが出ているので、十分に楽しめます。

センダックは人気作家だけに、画集も刊行されています。

最後にそれを二つ紹介しましょう。

一つ目の書名は『センダックの世界』。
28㎝×30㎝の大型本で、厚さは4㎝もあります。
今回の話に登場した絵本がたくさん登場します。(写真22~24)

写真22 センダックの世界①
写真23 センダックの世界②
写真23 センダックの世界③

作品の背景や作品分析に加え、センダックの生涯についての章もあり、研究書としての価値もあります。
そして大判なのでセンダックの力強いイラストが大きく載っていて、その迫力に圧倒されるはず。

二つ目は『POSTERS BY MAURICE SENDAK』で、こちらはセンダックのポスター22点を収録しています。
代表的絵本のキャラクターが自由に組み合わされ、ポスターとして再構成されているので、新鮮な気持ちで楽しめます。
出版社はHARMONY BOOKS、興味のある人は当たってみてください。(写真25~27)

写真25 ポスター集①
写真26 ポスター集②
写真27 ポスター集③

センダックは2012年に83歳で亡くなりましたが、彼の遺した数々の絵本たちは、これからも多くの人々に愛され続けるでしょう。

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