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第28回「文字なし絵本の世界 1」

皆さんは「文字なし絵本」というものをご存じでしょうか。

「絵本の読み聞かせ」という言葉があるように、絵本は子どもたちに読み聞かせるものと思われています。
ですから大人になると絵本をつい「読んで」しまい、良いお話だったからこれはみんなにも紹介しなくてはとなるのです。
こうして絵本でありながらテキスト中心の評価観が広く定着してしまいました。

でもこれはおかしな話です。
絵本なんですから、まずは絵をよく味わったり、絵を楽しんだりしなければもったいない話です。

しかけ絵本を見ればよく分かるように、絵本は物語である前に一つの造形物であり、絵自体がメッセージを発信しているメディアなのです。
そのことをよく教えてくれるのが、今回紹介する文字なし絵本です。

私が提唱する絵本の楽しみ方は、まず先に絵をよく見てから自分なりに物語を想像し、最後にテキストを読むというものです。
文字なし絵本にはテキストはありませんから、「絵をよく見て自分なりに物語を想像する」で終わりです。
ですから様々な読み解きが可能ですし、その過程でお互いに意見を交換すれば、自分の解釈を相対化することができます。
テキストがあると何となく安心で落ち着きますが、自由な想像力の翼は閉じられたままになります。
私は絵本と触れ合う一番のメリットは、絵から様々な想像をすることで精神が活性化されることにあると思います。
ミヒャエル・エンデが言うように、大人になるにつれ失われていきがちなファンタジーの力を絵本でもう一度呼び覚まし、生きる活力を取り戻すことにあるのです。

文字なし絵本の作者たちもきっとそのような思いで絵本を創っているのではないでしょうか。

私が出会った最初の文字なし絵本は、イエラ・マリの『あかいふうせん』(ほるぷ出版)です。(写真1)

写真1『あかいふうせん』

表紙の赤と緑の補色対比がまず目を引きますが、私が感心するのは赤い風船が画面から少しはみ出して上部が切られていることです。
これによって風船の上昇感が見事に表現されているのです。
これは俵屋宗達が《風神雷神図》屏風で雷神の担ぐ太鼓の上部をカットした操作と同じです。

中を開くと単純化された絵画表現と洗練されたデザイン感覚によって、想像力を刺激する美しい一遍の造形詩が紡ぎ出されています。

写真2『あかいふうせん』
写真3『あかいふうせん』

次の展開を自然と予測させ、早くページをめくりたくなるようなしかけに満ちています。(写真2,3)

日本の絵本では文字なし絵本はとても希少ですが、『あかいふうせん』が出版された1976年の翌年に、
2冊の文字なし絵本の傑作が福音館書店から出版されます。
作者はどちらも安野光雅です。

ひとつは『旅の絵本』です。(写真4)

写真4『旅の絵本』

これはその後次々と続刊が出版される人気シリーズとなりました。
繊細な線描の集積が密度の高い画面を作り、表現されたヨーロッパの田園風景や街並みに目が釘付けになります。
どの場面も俯瞰の視点で描かれていて、どの部分も公平に扱われる構図なので、日本の《洛中洛外図》屏風を見ているような感覚です。

いつのまにか旅人が画面のどこにいるのかを探すのが全体を通しての楽しみになります。(写真5)

写真5『旅の絵本』

そしてよく知った絵本や名画の一場面を発見することもあり、作者のユーモアに触れて、つい微笑んでしまうでしょう。(写真6~8)

写真6『旅の絵本』
写真7『旅の絵本』
写真8『旅の絵本』

「旅とは発見の連続である」ことがよく分かる絵本だと思います。

もうひとつは『もりのえほん』です。(写真9)

写真9『もりのえほん』

こちらは絵の中に隠れている様々な動物を探すのですが、そう簡単には見つかりません。
巻末に正解は書いてありますが、それに頼らなければ何時間でも探す楽しみ(苦しみ?)を味わえます。
目と根気に自信のある方はぜひチャレンジしてみてください。

画面に目を近づけたり、本を逆さにして見たりして動物を探すのですが、この絵本もある意味では「発見の連続」と言えるでしょう。
錯視の基本である「地と図の反転図形」や「多義図形」の宝庫であり、自力で発見できた時の喜びはひとしおです。(写真10、11、12)

写真10『もりのえほん』
写真11『もりのえほん』
写真12『もりのえほん』

次は佐々木潔の『はなのむら』(講談社)です。(写真13)

写真13『はなのむら』

この絵本には最初と最後に簡単なナレーションが入っているので完全な文字なし絵本とは言えませんが、作者の意識が文字なし絵本であることは間違いありません。

海辺の村で花が栽培され、出荷されていくまでを見開き画面を使って素朴に淡々と描いています。
どの画面も優しさあふれる鮮やかな色彩に満たされ、その場所が「楽園」であることが伝わってきます。

そしてどのページにも一遍の生活詩があり、

写真14『はなのむら』

緑豊かな自然の中での暮らしが心を癒してくれます。(写真14,15)

写真15『はなのむら』

現代はITやAIの時代で、パソコンの画面に向き合うことが多い日々ですが、
絵本の中だけでもせめて自然や人との直接の関わりを持ちたいものです。

最後は文字なし絵本をたくさん創っているピーター・コリントンを紹介しましょう。

コリントンの文字なし絵本は1990年代に日本でも次々と刊行されました。
どの絵本もコマ割りの手法を使って物語を描いています。
絵のタッチは繊細で、やさしさあふれる画面と物語が特徴です。

写真16『ちいさな天使と兵隊さん』

『小さな天使と兵隊さん』(すえもりブックス)は、少女が眠っている間に本の中の海賊たちと少女のお気に入りの天使と兵隊の人形が対決し、

写真17『ちいさな天使と兵隊さん』

様々な困難を乗り越えて天使と兵隊が盗まれたお金を取り戻すお話です。(写真16,17)

写真18『ちいさな天使と兵隊さん』

『天使のクリスマス』(ほるぷ出版)はクリスマスの夜にサンタと妖精たちが協力して、

写真19『ちいさな天使と兵隊さん』

眠っている少女に気づかれないようにプレゼントを届けるお話です。(写真18,19)

どちらもはらはらどきどきさせる展開と繊細な描写が魅力的な絵本です。

写真20『トゥースフェアリー』

『トゥースフェアリー』(BL出版)は、小さな妖精が小箱に入った女の子の抜けた歯と自家製のコインとを、女の子が眠っている間にこっそり交換し、その歯をスライスしてピアノの鍵盤にするというお話です。

ディテールにこだわった情景描写は圧巻です。(写真20,21)

写真21『トゥースフェアリー』
写真22『聖なる夜に』

『聖なる夜に』(BL出版)は繊細さに力強さも加わり、
時折登場する大きなコマ絵は迫力があります。(写真22~24)

写真23『聖なる夜に』

アコーディオン弾きの貧しいおばあさんがクリスマスの日に教会の賽銭泥棒と格闘し、祭壇を再建したものの倒れてしまい、

写真24『聖なる夜に』

祭壇の人形たちが力を合わせておばあさんを救い、クリスマスのごちそうを用意してこっそり去るというお話です。
コマ割りを使った丁寧な作画のお陰で、私たちは物語の展開をかなり正確に読み解くことができるので、温かいメッセージが確実に伝わってきます。

授業でこの絵本を扱う時は、学生たちに絵にナレーションをつけさせる試みをやりましたが、かなり上手く行き、絵本の読み解きに効果的であることが分かりました。

いかがでしたか。文字なし絵本は特殊なものに思われがちですが、実はもっとも絵本らしい絵本なのです。
皆さんがよい文字なし絵本と出会えることを期待しています。

しばらくして「文字なし絵本2」をお届けします。

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