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第41回「未紹介の素晴らしい絵本たち・日本編1」
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『美術の散歩道』では、これまでにたくさんの優れた絵本を紹介してきました。
しかし、テーマや作家でまとめて紹介してきた関係で、
どうしてもそこから漏れてしまった絵本も少なからずあるのです。
そこで今回からは未紹介の素晴らしい絵本たちをできるだけ拾い上げて、
順に紹介していこうと思います。
まずは日本の絵本からです。
最初は58ページからなる重厚な絵本
『小箱の中のビッグバン』(造形社)です。(写真1)
新宅順子:文、木倶知のりこ:絵のコンビで1987年に刊行されました。
ちょうど私が絵本にのめり込み始めた頃です。
というわけでこの絵本との出会いも、私の絵本観を大きく変える契機のひとつになりました。
この絵本のすごさは扱っているテーマの大きさ・重さと、
それを見事に視覚化した精密なイラストレーション、
そして『小箱の中のビッグバン』という象徴的な絵本のタイトルにあります。
表紙絵の素晴らしさと本を手に取った時の重厚感で、
私たちの期待は否応なく膨らみ、中に入ると優しく不思議で恐ろしい物語が私たちを呪縛します。
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日々の明るく楽しい暮らしや、穏やかで生命力溢れる自然の情景、
それらがある日突然核の炎で焼き尽くされるとしたら…。
平和に見える生活に仕掛けられた核の時限爆弾、
そのパンドラの小箱を誰かが開けてしまったら…。
そんな恐ろしい想像が駆け巡ります。
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詩のような暗示的なテキストがこの問いを静かに、しかし確実に私たちに投げかけ、
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美しいイラストレーションが、世界の終わりを私たちの身近に密やかに運んできます。
ここではとりわけ印象的な見開きの三場面を紹介します。(写真2,3,4,)
ちなみに木倶知さんのご主人は、
「核の破壊力」をテーマにした立体作品で知られる現代美術家のたべけんぞう氏です。
次は東逸子の『翼の時間』(ミキハウス)です。(写真5)
写真を見て分かるように、この絵本はかなり縦長の版型です。
これには作者の意図がありますが、それは中を見ていけば、よく分かります。
また表紙を覆うカヴァーが半透明で、幻想的な雰囲気を醸し出しているのも凝った演出です。(写真5左)
物語は父親に図書館へ連れて行ってもらった少年が体験する冒険譚です。
このパターンは絵本の常道ですが、縦長の判型が新鮮味を与えています。(写真6)
圧巻はクライマックスの見開きで、
なんと観音開きになっているのです。
中空に浮かぶ藍色のカーテンを開くと、
にわかに目にも鮮やかな橙色の荘厳な天上界の光景が現れるのです。
補色対比の効果をねらったこの演出は見事と言うほかありません。
作者もこの絵本でこれがやりたかったのかと納得できる場面展開です。(写真7,8)
おそらく縦長の版型は、地上界と天上界の距離感を出すために用いられ、
そしてそれはワイドなクライマックス・シーンの空間的広がりを相対的に
より強調する役割も担っているのです。
三冊目は鳥毛清の『うさぎのゆりかご』(アロー・アート・ワークス)です。(写真9)
この絵本は表紙だけでなく、すべてのページがハードカヴァーと同じ造りなのです。
原画が漆塗りのパネルに沈金という技法で制作されている関係で、
その質感を出すために厚紙にコーティングした造りになっているのです。
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内容は眠れぬ者のために作った不思議なゆりかごを持って商いに出たうさぎが、
ねずみや猫、烏(孔雀)、獏などと出会い、
眠れるような物を与え続けた後、
自分の忘れかけていた夢を思い出し、
ついにそれを叶えるというお話です。
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この絵本は読み手が自然と丁寧な扱いをするような造りですが、
中の絵も工芸的超絶技巧によるものなので、
普通の絵本を読んでいる感覚とはだいぶ違います。
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色彩は金と漆黒だけですが、
それがこの絵本に品格と格調を与え、
他の絵本にない魅力を醸し出していることは間違いありません。
ここでは印象的な三場面を紹介しておきます。(写真10,11,12)
こんな絵本は二度とお目にかかれないだろうと思っていたら、
近年よく似た絵本を本屋で偶然見つけ、
手に取ると同じ作者の新作でした。(写真13)
装丁はカヴァーも付いて、中のページも普通の厚さになりました。
前の造りだと本屋さんが扱いづらかったのかもしれません。
タイトルは『うさぎは月のゆりかごに眠る』(芸艸堂)で、
前作の最後のシーンから物語は始まっています。
今回は鯨のしゃっくりが止まらなくて、地球の海が大荒れで大変!という設定です。
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出動したうさぎは砂漠に着陸しますが、
砂漠の逃げ水を鯨に飲ませて、しゃっくりを止めるアイディアを思いつきます。
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-15.jpg)
そこでドードー鳥の格好をした水差しに逃げ水を入れるべく、トカゲの力を借りて逃げ水を捕獲します。
その逃げ水を鯨に飲ませられたかどうかは読んでのお楽しみ、ということで
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-16.jpg)
今回も漆黒の世界に沈金の技法で定着した金色が冴える素晴らしい三場面を紹介します。(写真14,15,16)
五冊目は、ふじたしんさく『ちいさなまち』(そうえん社)です。(写真17)
作者はスティーヴン・キングや宮部みゆきの小説の装幀・装画で知られる
人気イラストレーターの藤田新策さんです。
昔から私は藤田さんの素朴で幻想的なイラストは好きでしたが、
今年の2月に待望の作品集も出ましたから、興味が出た方はそちらも調べて下さい。(写真18)
『ちいさなまち』は水辺の小さな街で暮らす幼い兄妹が、
ある冬の日の初めての散歩で出会う様々な出来事をメルヘンチックに描いた内容です。
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最後の二つの見開き以外は、すべて絵は右側のページに収められ、
小雨が降って水面が乱れるようになるまでは、街路の光景が水面に反映する美しい景色が展開します。
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-20.jpg)
それを見ているだけでも夢見心地になれると思いますが、
特に水面が画面の三分の一以上を占める構図が洒落ています。(写真19,20,21)
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-21.jpg)
物語の最後には「なるほど」と思わせる仕掛けもあって、メルヘンの世界に浸れます。
六冊目は、くどうなおこ:作、松本大洋:絵による
『「いる」じゃん』(MONKEY RABEL)です。(写真22)
松本大洋は『ピンポン』や『鉄コン筋クリート』で知られる人気漫画家です。
くどうなおこは詩人・童話作家で、松本大洋のお母さんです。
つまりこの絵本は珍しい母子競演の一作なのです。
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-23.jpg)
そして読んでみると、母の独特な感性が息子にもしっかり受け継がれていることが分かり、
何だか温かい気持ちになれます。
この絵本のテーマは「生」。
広い宇宙の中の地球という星で生きることの孤独と、
仲間に囲まれていることの幸せを、詩が語りかけ、絵が応えます。
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-24.jpg)
余白をたっぷり使った画面構成が、言葉と絵を結び付け、
大事なメッセージを風に乗せて届けてくれます。(写真23,24,25)
ここでは印象的な三場面を紹介しますので、二人の詩と絵のコラボをしばし味わってみてください。
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-25.jpg)
最後は井伊孝彦:絵、伊集院静:文による
『Catch Ball』(読売新聞社)です。(写真26)
野球の題材は絵本ではあまり見かけませんが、
巨人軍のオーナーである読売新聞社が発行していることからも、力の入れようが分かります。
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帯に「You will catch your dreams!」とあるように、
グランドに夢を描く野球少年の開拓を狙った内容です。
私がこの絵本を選んだ理由は直木賞作家の伊集院静のテキストもさることながら、
野球イラストで有名な井伊孝彦の絵が素晴らしかったからです。
精緻を極めたスーパー・リアリズム風の描写は絵本では珍しく、
この絵本は井伊孝彦の画集のようでもあります。
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ここではテキストなしの見開きページを三場面紹介しますが、
いずれも大空と雲が主役の茫漠とした空間が描かれています。(写真27,28,29)
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そこにこの絵本の意図があるらしく、
実際の野球の試合場面はひとつもなく、
観音開きのワイド画面にも描かれているのは、人気のないグランドです。(写真30)
![](https://windandcloud.net/wp-content/uploads/2022/08/bs2209-30.jpg)
プレーそのものではなく、あくまで野球への「夢」が描きたかったのでしょう。