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第44回「未紹介の素晴らしい絵本たち・海外編2」

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昨年5月から始まった絵本についての語りも
いよいよ今回の『未紹介の素晴らしい絵本たち・海外編2』が最終回です。

まだまだ紹介できていない絵本もあり、後ろ髪を引かれる思いもありますが、一旦閉めます。
美術の散歩道そのものは来年以降も続く予定ですが、1月からは話題が変わります。
これまで絵本の話に付き合っていただいた皆様に深く感謝します。

ラストの回に紹介する絵本もすべて翻訳版です。

最初に紹介するのはミーシャ・ダミヤン:文、ドゥシャン・カーライ:絵、矢川澄子:訳による
『12月くんの友だちめぐり』(西村書店)というちょっと変わったタイトルの絵本です。(写真1)

写真1『12月くんの友だちめぐり』

この絵本を入手した理由は、なんといってもドゥシャン・カーライの絵に魅せられたからです。
カーライは前回紹介したA.ブルノフスキーと同じスロバキアの画家で、
やはり色彩表現に特徴がありますが、登場人物たちが醸し出す優しさ溢れる雰囲気も魅力的です。

写真2『12月くんの友だちめぐり』

『12月くんの友だちめぐり』は擬人化された12月の精が、
大風の誘いに乗って他の月(3月、6月、10月)を初めて訪れるというお話です。

写真3『12月くんの友だちめぐり』

自分の担当月のことしか知らなかったので、12月くんは訪れるどの月にも感動します。

写真4『12月くんの友だちめぐり』

ちょうど季節が春、夏、秋だったので、自然の移り変わりや人々の行事などがどれも新鮮だったのです。

やがて自分の担当月に帰った時、旅をして大人になった12月くんは、今まで以上に生き物たちのために仕事に精を出すのでした。

ここではカーライの絵が印象的な見開きの三場面を紹介しておきます。(写真2,3,4)

写真5『アブディーの冒険物語』

二冊目はミュージシャンや女優としてセンセーショナルな話題を提供してきたあのマドンナ作の絵本
『アブディーの冒険物語』(集英社)で、
オルガ・ドゥギナ&アンドレー・ドゥギンの絵、小澤征良の訳です。(写真5)

ちなみに訳者の小澤征良さんは世界的な指揮者である小澤征爾氏の娘さんで、
エッセイスト・作家として活躍しています。

写真6『アブディーの冒険物語』

この絵本を初めて手にした時、まずはマドンナが絵本を創っていたことに驚き、
次にドゥギナ&ドゥギン夫妻の精緻な絵に驚きました。

写真7『アブディーの冒険物語』

夫妻が描く絵は、色調は淡いのですが、人物描写や構図が独特で、
その不思議な雰囲気が一目で気に入りました。

写真8『アブディーの冒険物語』

物語は中東のどこかの国が舞台で、すぐれた宝石職人のお爺さんと暮らす少年のアブディーが、
お爺さんが造った王様からの特注の首飾りを王妃の元へ届ける途中、
盗賊にその首飾りを盗まれてしまい、
王様に献上しようとすると袋から出てきたのは小さな蛇で、
怒った王様はアブディーを牢屋に閉じ込めてしまいます。
そこへ帰らないアブディーを心配したお爺さんが現れて・・・という展開です。

ここでは不思議感が漂う見開きの二場面(写真6,7)と洒落たページ構成が窺える一場面(写真8)を
紹介しておきます。

ドゥギナ&ドゥギン夫妻の絵を堪能してください。

写真9『おしえて おしえて』

三冊目は全く異なるテイストの絵本『おしえて おしえて』(講談社)で、
マーカス・フィスター:作、谷川俊太郎:訳です。(写真9)

谷川俊太郎さんは著名な詩人で、あの『鉄腕アトム』のテレビ・アニメの主題歌の作詞も手掛けた人です。

「全く異なるテイスト」の意味は、
この絵本の絵が全編デカルコマニーというモダン・テクニックの手法で造られているからです。

写真10『おしえて おしえて』

デカルコマニーは美術史上では、オスカー・ドミンゲスが開発し、
マックス・エルンストが発展させた「描かない技法」の一種です。
二人ともシュルレアリストですが、
常識への挑戦を試みて様々な表現手法を生み出したシュルレアリスムの中でも、
デカルコマニーほど魅力的な手法はないと、私は常々思っています。
岡山大学時代には授業でもこの技法を取り上げ、
技法実習や技法を生かした作品制作などもよく行いました。

技法のポイントは、デカルコマニー独特の葉脈模様がきれいに出るかどうかです。
これが出ないものは単なる「合わせ絵」でしかありません。
エルンストの代表作《雨後のヨーロッパⅡ》でも、この葉脈模様がよく出ています。
興味ある方は検索してみてください。

写真11『おしえて おしえて』

さて自然の神羅万象の姿を扱うこの絵本のデカルコマニーはどうかというと、
これがまた葉脈模様がよく出ているのです。

写真12『おしえて おしえて』

ここでは雨雲(写真10)と鯨とそのディテール(写真11,12)及びマグマ(写真13)の
三場面を紹介しておきますが、

写真13『おしえて おしえて』

それぞれの表現にデカルコマニーがどう生かされているかを確かめながら見てください。

写真14『マッチ箱日記』

四冊目は写実的なアメリカの絵本です。

日本ではあまり見かけない写実的な絵本ですが、西洋では珍しくありません。
やはり写実絵画の伝統を持っているかいないかの違いでしょうか。
または絵本観の違いでしょうか。

題名は『マッチ箱日記』(BL出版)、
ポール・フライシュマン:文、バグラム・イバトゥーリン:絵、島式子・玲子:訳です。(写真14)

写真15『マッチ箱日記』

これは授業で『アメリカン・リアリズムの絵画』を連続講義するときの最終回に、
「アメリカを知るための絵本」として紹介しています。

アメリカ人のリアリズムへの愛着を絵本で再確認すること、
アメリカにおけるイタリア移民の歴史を知ることが目的です。

写真16『マッチ箱日記』

黒人ほどではないにしろ、イタリア移民も差別を受けてきた人たちです。
イタリアから父を頼りに家族で移民してきた少年の辛く厳しい思い出が綴られますが、
文字が書けなかったため、その時々の思い出の品をマッチ箱に入れて「日記」代わりにしていたのです。

写真17『マッチ箱日記』

少年がお爺さんになった時、それに興味を持った孫娘に思い出話を語るというスタイルです。

写真18『マッチ箱日記』

この絵本の見どころは何といってもイバトゥーリンの高い描写力と演出効果です。
現在の場面はカラーで、思い出の場面は茶褐色のモノトーンで描き分けられていますが、
どちらにもイバトゥーリンの写実力が十全に発揮されています。

写真19『マッチ箱日記』

ここでは表紙のディテール(写真15)と見応え十分なカラーの見開き場面(写真16,17)と、
モノクロの回想場面(写真18,19)を紹介しておきますので、

写実的な絵本の魅力をじっくり味わってください。

写真20『THE DAM』

五冊目も写実的な絵本です。

副題に「この美しいすべてのものたちへ」とあるように、
作者の自然や人間への熱い思いが、素晴らしいイラストレーションで、私たちに届けられます。

題名は『THE DAM』(評論社)で、
デイヴィッド・アーモンド:文、レーヴィ・ピンフォールド:絵、久山太市:訳です。(写真20)

写真21『THE DAM』

私は絵本を見る時は表紙の工夫を必ず確かめるのですが、
この絵本は横長のワイド画面を映画のスクリーンのように使用するのだろうという意図が
表紙からも窺えます。(写真21)

写真22『THE DAM』

物語はダムができる前に父と娘が、
やがてダムの底に沈みゆく家々を訪ね歩き、
数々の思い出に浸りながら、二人で鎮魂の音楽を奏でるというもので、実話を元にしています。

写真23『THE DAM』

ピンフォールドはワイド画面とコマ割り場面を交互に使用して、
現在と過去を巧みに繋げてみせる工夫や、
ワイド画面では見事な空間構成で雄大な大地を描き切っています。(写真22,23,24,25)

写真24『THE DAM』

そこにはテキストの説明ではない、自立した絵画世界が確実に表現されています。

写真25『THE DAM』

実はピンフォールドの絵は、
A・ワイエスのいくつかの絵を彷彿させる象徴性と写実性に富んだものであることを
付け加えておきます。

写真26『迷子の魂』

私の絵本の『美術の散歩道』の最後を飾るのは、
絵本の可能性を総合的に追求した傑作『迷子の魂』(岩波書店)です。(写真26)

オルガ・トカルチュク:文、ヨアンナ・コンセホ:絵、小椋彩:訳 によるこの一作は
ポーランドの絵本で、トカルチュクはノーベル文学賞も受賞している作家です。

題名が平仮名になっていないところからも、大人の読者を対象にした絵本でしょう。

内容は忙しすぎる現代社会に生きる中で、自分自身(魂)を失ってしまった主人公が、
それを取り戻すまでの物語です。

写真27『迷子の魂』

作者は言います。「魂が動くスピードは、身体よりもずっと遅いのです」と。

「忙しい」という字が「人の心を亡くす」という風にできているのは秀逸ですが、
忙しさから自分を失ってしまう人は少なからずいます。

私にも、現実の自分と理想の自分が分裂してしまったために、
不登校になってしまった生徒を数年にわたり指導した経験がありますから、
この問題は実感を伴って理解できます。

写真28『迷子の魂』

先に「絵本の可能性を総合的に追及」と書いたのは、
文字なしでモノクロのプロローグがあったり、
絵がモノクロからカラーに変化したり、
見開きの構成が過去と現在を繋げていたり、

写真29『迷子の魂』

屋外からと屋内からの視点が対照されていたり、
半透明の用紙を挟んで絵本空間に深みを持たせていたりと、
絵本にできる様々なことを活用して、主題を印象的に伝えようとしているからです。(写真27,28,29)

プロローグの俯瞰構図や人間の出会いというテーマには
ショーン・タンの『THE ARRAIVAL』からの影響もあるような気がします。

写真30『迷子の魂』

私が特に目を止めたのは、植物の象徴的な使い方で、

写真31『迷子の魂』

主人公が自分の魂を待つために過ごす部屋に置かれた観葉植物が、少しずつ成長して、
魂と出会った後には環境全体を覆いつくすほどになることです。(写真30,31,32)

写真32『迷子の魂』

都会の便利で効率のいい人工的環境とは対照的な植物に覆われた環境は、
自然の成長速度やルールになじまない限り、人間が暮らすことはできません。

自然のリズムに人間が戻ることでしか失われた魂を取り戻すことはできないと、
作者は言っているのかもしれません。

さて昨年の5月から長い間絵本について語ってきました。
選ばれた絵本は私なりの主張で、テキストよりも絵や構成という造形的観点で選んだ絵本たちです。

その関係で皆さんが名作と思っている絵本とは異なるラインナップだったかもしれません。
しかしそのために、もしかしたら皆さんの絵本観が変わったり、
新しい絵本との出会いを楽しんでいただけたりしたかもしれないという期待もあります。

私の絵本研究はまだまだ道半ばです。
皆さんに紹介したい絵本がたまったら、またこのシリーズを再開するかもしれません。

さて年明けの1月からは、
私がこれまでに描いた猫の絵をまとめて紹介する『猫のギャラリー』がスタートします。

猫たちとの様々な思い出が語られます。乞うご期待!

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