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第53回『猫のギャラリー』名画の中の猫 〜日本画・浮世絵編 〜

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1月から私の絵を紹介してきた『猫のギャラリー』ですが、
今回からは名のある画家が描いた猫の絵を紹介していきます。

題して「名画の中の猫」。

猫好きな私ですから「名画の中の猫」にももちろん興味があります。
ちなみにあらゆる絵画の中で猫の絵はそれほど多くはなく、名作も少ないのですが、
いくつかの絵は名作と呼ぶにふさわしい風格を備えています。
しかも日本の絵にそれが多いのです。
そこでまずはそんな日本の猫の絵を取り上げてみましょう。

まずは京都画壇で活躍した日本画家、竹内栖鳳(せいほう)の《班猫》(はんびょう)です。(写真1)

写真1 竹内栖鳳 《班猫》

この絵は身づくろいする猫の姿だけを描いていて、周囲は余白です。
まさに猫の肖像画です。

モデルとなった猫は、栖鳳が沼津の八百屋で見つけ一目ぼれした猫で、
もらい受けて帰った後、京都で描いたそうです。

日本画では難しいとされた写実的な質感描写に、敢えて挑んだ野心作です。

猫の視線からは、この猫を見ている私たちの方を意識している様が窺えます。

この作に対抗できる絵はそうはありませんが、
候補のひとつは、先輩の日本画家、
菱田春草(しゅんそう)が描いた《黒き猫》です。(写真2)

写真2 菱田春草《黒き猫》

この絵は春草が文展に出す予定だった美人画に変えて急遽出品した作で、
制作日数はわずか5日という伝説を持っています。
日数をかければ名作ができるという訳ではないのです。

縦長の画面に秋の気配を感じさせる柏の樹が装飾的に配置され、
幹の麓に真っ黒な猫が座しています。
その視線は私たちを見据え、次の瞬間にはいなくなるかもしれない緊張感を漂わせています。(写真3)

写真3《黒き猫》部分

この絵を鑑賞する際に、比較鑑賞を提唱している私としてはぜひ紹介しておきたい絵があります。
それはもう一枚の「黒き猫」の絵です。(写真4)

写真4 菱田春草《柿に猫》

こちらの絵の題名は《柿に猫》です。
背景の柿の葉の落ち具合からして《黒き猫》よりも秋が深まった趣きですが、
猫も長いこと樹の上に居た緊張感から解放されて、
「やれやれ」といった様子で地上に降り立った場面に見えます。(写真5)

写真5《柿に猫》部分

そこに何とも言えないユーモアと動きが感じられ、
春草の主役の猫に対する優しさを感じてしまうのです。
是非、皆さんもこの2点を比較鑑賞してみてください。
きっと楽しくなるはずです。

《黒き猫》《柿に猫》を比較してみよう

ところで黒猫と言えば、もう1点紹介したい絵があります。

私が近代の日本画家の中で最も高く評価している速水御舟(ぎょしゅう)の屏風絵
《翠苔緑芝》(すいたいりょくし)の右隻です。(写真6)

写真6 速水御舟《翠苔緑芝》右隻

四曲一双屏風の右隻に描かれた黒猫は、
右隻の画面空間を完全に支配し、左隻の方に視線を向けています。

栖鳳や春草の猫のような細密描写ではなく単純化した描写ですが、
目や耳に強い緊張感が漂っているのが分かります。(写真7)

写真7《翠苔緑芝》右隻部分

この黒猫の視線の先にある左隻には白兎が二匹描かれ、芝の上でくつろいでいます。(写真8)
全体の構成と言い、対照の妙です。

写真8 速水御舟《翠苔緑芝》左隻
《翠苔緑芝》右隻と左隻を並べてみると

《班描》《黒き猫》《翠苔緑芝》の3点に登場する猫たちは、
いずれも普通の猫とは違うセレブな風格が漂っています。

そこでもっと身近な猫はいないのかと探してみると、
私の絵ハガキコレクションの中から出てきました。

時代はさかのぼりますが、江戸時代後期に活動していた絵師の描いた絵です。
その絵とは、黒田稲皐(とうこう)という鳥取藩士の絵師が描いた《猫と蜘蛛》です。(写真9)

写真9 黒田稲皐《猫と蜘蛛》

黒田稲皐の名は現在ほとんど知られていませんが、
この絵は絵ハガキになっているので、
猫好きの方の間では案外知られている絵なのかもしれません。

座敷に迷い込んだ蜘蛛を真剣な眼差しで追う飼い猫の様子が上手く描かれています。
衝立の黒縁が画面を引き締めると同時に緊張感を高めています。

飼い猫と言えば飼い主との場面も絵になります。
風俗を描いた浮世絵版画から、そんな場面を紹介しましょう。

一つ目は月岡芳年(よしとし)の《うるささう》です。(写真10)

写真10 月岡芳年《うるささう》

飼い主の溺愛ぶりを描いた一枚で、
しつこく愛玩する女主人に飼い猫は「またかよ」といった表情ですが、
嫌がっているわけではなさそうです。

女主人のポーズが大変変わっているので、印象的な作品になっています。

二つ目は芳年の師匠でもある歌川国芳(くによし)の《ヲゝいたい》です。(写真11)

写真11 歌川国芳 《ヲゝいたい》

この作品に描かれている場面は、飼い猫が女主人の顎を甘噛みでもしたところでしょうか。
突然の飼い猫の行動に身を反らして「ヲゝいたい」となったようです。

この2枚とは別の味を出している浮世絵版画もあります。
それは大正時代の新版画の一枚で、
フリッツ・カペラリというオーストリア人作家の手になるものです。(写真12)

写真12 カペラリ《黒猫を抱える裸女》

赤い腰巻をした半裸の女性が屏風の前で黒猫を抱いてしゃがんでいる図です。
女性の顔には怯えのような表情はなく、腕の中の猫も安心して眠っている様子です。
いったいどんな場面なのでしょうか。
作者が外国人でもあり、気になる一枚ですね。

どうも黒猫は絵になるようですが、忘れてならない一枚がありました。

それは竹久夢二(ゆめじ)の代表作《黒船屋》です。(写真13)

写真13 竹久夢二 《黒船屋》

大衆美術が活躍の場であった夢二は、
前出の栖鳳、春草、御舟らと異なり、画壇とは無縁でしたが、
知名度と人気は当時も今も抜群です。

近代日本画壇の「四大猫名画」として、《黒船屋》を加えてもいいかもしれません。
女主人に抱かれた大きな黒猫は、顔は見えませんが、その存在感は他を寄せ付けません。

最後は再び大の猫好きとして有名な国芳に登場してもらいましょう。
前出のもの以外にも楽しい猫の絵を残しています。

例えば《鼠よけの猫》は貫禄たっぷりな飼い猫を描いています。(写真14)

写真14 歌川国芳《鼠よけの猫》

画面上の口上書きにあるように、
この迫力ある猫の絵を家の壁に貼っておけば、
鼠も恐れをなして出てこないという実用的な一枚でもあったようです。

しかしこんなに太っているということは、
飼い猫としてたっぷり餌をもらっているはずですから、
食料としての鼠には興味がなく、鼠よけにはならなかったのではないかと思います。

もう1点は団扇絵です。画面の形に注目してください。
団扇の形をしているでしょう。(写真15)

写真15 歌川国芳《猫の夕すずみ》

江戸の庶民は国芳デザインの団扇を使っていたんですね。なんとも贅沢!
場面は両国橋を背景にした船着き場で、芸者を船に向かい入れる船頭です。
奥には客の旦那が芸者の乗船を待ち構えています。
これから打ちあがる花火を見ながら一緒に一杯やるんでしょう。

でもこれ人間世界の話ではなく、すべて猫の世界の話で、擬人化された猫が描かれています。
そこが国芳の真骨頂。擬人化されていても、猫のリアルな描写が光っています。

今回は日本画や浮世絵に描かれた猫を紹介しましたが、
次回は洋画や西洋絵画に描かれた猫を紹介しましょう。

お楽しみに!

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