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第57回 「年賀状デザインのギャラリー 〜半世紀の軌跡と思い出〜 その1・辰年」

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皆さん、明けましておめでとうございます!辰年の幕開けです。

今年は年男なので気分一新、悔いのない1年にしたいと思います。

さて『美術の散歩道』の方も新しいテーマに変わります。
題して「年賀状デザイン 〜半世紀の軌跡と思い出〜」。

私が年賀状を出し始めたのが1976年ですから、今年は48年目。
約半世紀に渡り年賀状デザインを間断なく続けてきたことになります。
近年は高齢者の方で「年賀状仕舞い」をされる方が増え、
若い人たちはそもそもハガキによるコミュニケーションには縁がないので、
日本人の年賀状枚数は年々減少しています。

それでも私は中学校で長年「美術」を教えていた関係で、教え子から来る年賀状も多く、
また毎年のように個展を開いているので、
来場者の方へお礼状を兼ねて年賀状を出したりもするので、
我が家の発送枚数は800枚くらいになります。
そのうち650枚くらいは私の関係です。

順調な時は年内に450枚くらい書いて、正月に残りの200枚を書きます。
これは結構大変な作業ですが、
年賀状にその年の個展の情報を記しているので、一種の広報活動にもなっているのです。
絵のファンの方の中には、そこで私の個展日程を確認して、
わざわざ旅行計画などを避けてくれる方もいます。

年賀状に関する話は私のエッセー集『二兎追流』で一度書いていますので、
『美術の散歩道』では私の賀状デザインだけでなく、
その年に私の元に届いた年賀状の中から優れたデザインのものもいくつか紹介してみたいと思います。

というのも私は毎年来る年賀状を勝手に評価して、優れたものをコレクションしているからです。

内容は版画や手書きや近年はCGによるものなど技法は様々ですが、
評価ポイントはオリジナル性が高く、アイディアが優れていて、画面の密度が高いことなどです。
中には私向けの一品制作という贅沢なものもあります。
また毎年コレクションに入る常連さんもいて、
そういう方の一貫した賀状デザインの変遷は見ごたえ十分です。

ここでは干支の動物をデザインしたものを中心に紹介しますが、
それ以外でも「これは」というものは取り上げたいと思います。

さて最初は私の今年の賀状デザインからです。

辰年生まれということで毎年かなり気合が入るのですが、
必ずしも満足のいくものができるとは限りません。

そんなプレッシャーから今年は例年よりも一か月も早い10月に作業を開始しました。
そうしてできたのが、これです。(写真1)

写真1 2024

今回は龍の横顔を画面いっぱいに収めたインパクトを重視のデザインで、
「龍」という漢字のイメージを下敷きにしています。
後ろ向きのシルエットの私たちが龍の頭を見て感想を述べています。

キャッチコピーの「龍頭〇尾って来年の予告?」は、〇の中に入るのが「蛇」なので、
「龍頭蛇尾」という格言は、
龍の次の干支が蛇であることを予告したものなの?という
私なりの突っ込みです。

十二支の中でデザイン的に最も派手な龍の次に位置しているため、
シンプルな形態の蛇はだいぶ損をしている感じがします。
そもそも架空の動物である龍と比べられても、というところでしょうか。

次は私が初めてデザインした1976年の賀状の紹介です。

この年のデザインで特徴的なことは、定番となっている私たち夫婦が登場していないことです。(写真2)

写真2 1976

理由は簡単で、この時点ではまだ結婚していなかったのです。
結婚したのはこの年の3月のことです。
私たち二人が揃って賀状のデザインに登場するのは、1980年の未年からです。

さて最初の龍のデザインはというと、
ラーメンどんぶりの側面に描かれていた龍が12年ぶりに干支が回って来て、
ようやくラーメンが食べられると宙に舞いあがった場面です。
ちなみにラーメンを食べようとしていたおじさんの顔も「竜」という字になっています。
気づかれました?

この年に私の所に来た年賀状の中から2枚ほど優れモノを紹介しましょう。
何しろこの頃は教員1年目ですから、年賀状も少ししか来ていませんでした。
その中に2枚も優れモノがあったのは奇跡でしょう!

一枚目は横浜国大時代の同級生Kさんから来たものです。(写真3)

写真3 1976 横浜国大同級生Kさん

Kさんは今も油絵を制作し、公募団体展で発表しています。
ちょうどその時期に私の会の運営委員会が国立新美術館である関係で、
近年は何度か彼女の絵を拝見しています。
おそらく大学時代の同期で今も制作・発表活動をしているのは彼女と私くらいかもしれません。
そういう意味では貴重な旧友です。

年賀状の方は「龍」という漢字を絵文字にして、タツノオトシゴをデザインしています。
その動的なフォルムが背景の渦巻き模様と響きあって、タツノオトシゴの生命感が伝わってきます。

二枚目は同じ横浜国大の1年先輩の女性で、
私が20代の頃参加していた「しろの会」というグループで一緒に活動していた
Wさんから来たものです。(写真4)

写真4 1976 横浜国大先輩Wさん

一面雪に覆われた冬の大地の上を、巨大な龍が悠然と舞っている姿を抽象的に表したものです。
そのスケール感の豊かさは、この年賀状を一枚の芸術作品に仕立て上げています。
Wさんとは会えなくなって久しいのですが、この年賀状を見るたびに、
一緒に活動していた頃が懐かしく思い出されます。

次の1988年は私にとっては横浜国大附属横浜中と一陽会が活動の中心でした。
どちらも12年前の時点では予想もつかなかったステージなので、人生って面白いなと思いますね。

その年の私の年賀状はかなり力が入っています。(写真5)

写真5 1988

私がくゆらすたばこの煙から生まれた龍が、
奥さんの作ったシャボン玉を掴むという瞬間を描いたもので、
キャッチコピーは「私たち 今年も シュールな 関係です」というもの。
決まっているでしょう!

私たちは横顔で目を伏せながら向かい合い、その様子はかなりリアルに表現されています。
この頃は最初の赴任校である大住中学校と
二校目の横浜国大附属横浜中学校の在校生や卒業生からの年賀状が多く来るようになりました。
美術の授業で活躍した子たちや美術部で腕を振るっていた子たちが、
毎年力作を届けてくれたものです。
そんな中から3枚ほど紹介します。

最初は大住中の卒業生Aさんの年賀状です。(写真6)

写真6 1988 大住中卒業生Aさん

彼女は美術部員ではありませんでしたが美術が得意で、容貌も性格も大人っぽい子でした。
年賀状も毎回見応えがあり、コレクションの常連になりました。
辰年のものは双龍の頭部を組み合わせて、ダイナミックな空間を作っています。
おそらく日本の伝統的な襖絵か屏風絵の図柄を下敷きにしているのでしょうが、
絶妙なトリミングで双龍の迫力を引き出しています。

次は横浜国大附属横浜中の卒業生Yさんからのものです。(写真7)

写真7 1988 附属中卒業生Mさん

Yさんは私が附属横浜中に赴任した時の3年生でしたから1年しか教えていません。
ただ美術部員でもあった関係で、他の生徒よりは交流する時間はありました。
現在は九州在住ですが、今でも年賀状のやり取りは続いています。
Yさんが木版画で表した龍はとてもはつらつとしてユーモラスです。
太い輪郭線が龍の生命力を感じさせ、ピンクの珠を手にし、可愛らしい雲を従えています。
木版画の良さが出た一作です。三つめは当時附属横浜中の在校生だったKさんの年賀状です。(写真8)

写真8 1988附属中在校生Kさん

Kさんは大人びていて、中1の頃から女子大生のような風格を備えていました。
頭のいい子でしたから、私とも大人びた話を普通にしていました。
この賀状の隅にも鑑賞の授業への要望が書かれていますが、美術に対する知的好奇心が高い生徒でした。
年賀状の方はとぼけた表情の大らかな龍が、桜の花が咲いた枝を持っていますから、
龍はKさんで卒業を控えた身を表現しているのでしょう。
現在彼女は自分の店を持ち、そこに私の絵を飾ってくれています。

教え子以外ではマグリットのような発想で大理石彫刻を造っていた
一陽会彫刻部のT先生の年賀状を紹介します。(写真9)

写真9 1988 一陽会彫刻部T先生

これも木版画ですが、シーサーのようなデザインの龍の頭部を横向きで表しています。
朱色と暗いグリーングレイの配色が見事ですね。
造形の力で魅せられるこのような年賀状は、私の宝物です。

続いては2000年というミレニアムの年の年賀状です。

この頃の私のステージは岡山大学で、赴任して6年目です。
私の賀状は宙に舞う龍の全身と宝珠を収めていますが、私たちは腕組みして考え込んでいます。
その訳はキャッチコピーの「何故十二支の中で龍だけが空想上の動物なんだろう?」にあり、
その関係で龍と宝珠で疑問符の形を作っているのです。(写真10)

写真10 2000

この年の優れモノの一枚目は大住中卒業生のEさんからのものです。(写真11)

写真11 2000 大住中卒業生Eさん

Eさんは美術部員でしたが、在校生の頃から作品造りでセンスが光っていました。
ちなみに彼女もコレクションの常連さんです。
この賀状デザインでもそのセンスが遺憾なく発揮されています。
シンプルな線ですが躍動する龍の姿が見事に捉えられています。

次は附属横浜中の卒業生のMさんの大胆な年賀状です。(写真12)

写真12 2000 附属中卒業生Mさん

龍の体の一部を拡大して、鱗の一枚一枚を丁寧に彩色しています。
元々デザイン感覚に優れていたMさんは後にイギリスに渡り、さらに腕を磨きました。
私たち夫婦が結婚30周年の記念旅行でイギリスに行った時には、大変お世話になったものです。

次は岡山大学のゼミ生Tさんから来たものです。(写真13)

写真13 2000 岡山大学ゼミ生Tさん

Tさんは3年生頃から急激に象徴性豊かな表現力を発揮しだした人で、
私は彼女の将来を楽しみにしていたものです。
年賀状でもその資質が垣間見られます。
仮面を被った女性の顔が大きく描かれていますが、その仮面はとぐろを巻いた龍なのです。
年賀状デザインで謎めいた妖しい雰囲気を漂わせたものは珍しいので、紹介することにしました。

これに対し、龍を真っ向からデザインしたのが、同じく岡山大学のゼミ生Kさんのものです。(写真14)

写真14 2000 岡山大学ゼミ生Kさん

Kさんは装飾性豊かな幻想表現を得意としていた学生で、その特徴がこの賀状にも出ています。
彼女がデザインしたのは可愛らしい西洋の龍、ドラゴンです。
おそらくあどけない表情から子どものドラゴンでしょう。
緑色の体に赤色のアクセントが効いています。
ちなみにKさん(今はSさん)とは今も年賀状の交換は続いています。

この年の賀状の最後はユニークなデザインの一枚です。(写真15)

写真15 2000 しろの会Mさん

前出の「しろの会」で一緒に活動していたMさんのものです。
Mさんはデザインの仕事をしていましたから、一味違う龍を創造しています。
立方体の組み合わせで表した龍、題して「キューヴィック・ドラゴン」。
造形の基本要素から想像性豊かな動物を生み出すセンスはさすがです。
すっきりした画面処理もいいですね。

最後は2012年の賀状デザインです。

私のものはデザインに力が入った割には、反応は今一つでした。
要するにねらいのダブルイメージが分かりにくかったのと、
全体の美しさが足りなかったことが理由です。
つまり「美しい驚き」にならなかったわけです。(写真16)

写真16 2012

アダムとイヴに見立てた私たち夫婦がゴザの上に上半身裸で重なるように眠っています。
この全体が龍の横顔になっていて、私の左手に持ったリンゴが龍の眼になっています。
私には足かせが付けられていることから、捕らわれの身であったことが分かります。
明暗の濃淡も付けるなど、頑張っては見たのですが力及びませんでした。

しかし送られてきた年賀状には優れモノがあります。
一つ目は美術科の教員をしているH先生からのものです。(写真17)

写真17 2012 美術教員Hさん

H先生とは深い親交があるわけではなく、年賀状のやり取りでかろうじて繋がっている関係です。
しかし年賀状の交流が始まってからは、H先生の賀状はコレクションの常連になりました。
その特色は白黒の写実的な描写と大胆な構図にあり、今では毎年の賀状が楽しみです。
この年のものは天空に浮かぶ龍がお祓い棒を振っている正月らしい図柄です。
きっと悪い運気も龍の迫力で、退散してしまうでしょう。

二つ目は附属横浜中の卒業生のWさんからのものです。(写真18)

写真18 2012 附属中卒業生Wさん

Wさんは美術部員でしたのでその実力は分かっているのですが、この年の賀状には驚きました。
おそらくCGイラストだと思いますが、構図、龍のデザインとポーズ、背景の処理、
全体の色彩のどれをとってもプロ級のお手並みです。
水中で舞う白龍の妖しい生命感がよく伝わってきます。

三つ目は附属横浜中の卒業生のお母さんのKさんのものです。(写真19)

写真19 2012 附属中父兄Kさん

この方は毎年木版画の賀状を送ってくれるのですが、
この年のものは龍の半身をうまく画面に収め、迫力を出しています。
おそらく北斎の肉筆水墨画の昇り龍を下敷きにしていると思われますが、
木版画の魅力を最大限に出しています。
ピンクの彩色がアクセントになっています。
辰年の賀状紹介の最後はハッピーなものにしましょう。

当時、岡山大学のゼミ生だったIさんからのものです。(写真20)

写真20 2012 岡山大学ゼミ生 Iさん

タツノオトシゴをシンメトリーに向かい合わせ、ハート形を造っています。
手書きの一品制作で、色鉛筆で彩色しています。
暖色系の淡い色調がハッピー感を増幅しています。
卒業制作の完成を目指していた冬休みの貴重な時間を使って描いてくれたのがわかるので、
より愛おしくなる一枚です。

次回はさかのぼって、卯年の年賀状を紹介します。

関連リンク

・エッセー集 『二兎追流

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