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第58回「年賀状デザインのギャラリー 〜半世紀の軌跡と思い出〜 その2・卯年」

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2月になりました。
「年賀状デザイン半世紀の軌跡と思い出」も2回目になります。

当初は干支の順番通り巳年で行く予定でしたが、来年が巳年なので、
12月に巳年の年賀状を持ってきた方が来年につながると判断し、
干支の順番をさかのぼることにしました。

というわけで今回は卯年で、干支の動物はウサギということになります。
ウサギの印象は一般的には「耳が長い」「かわいい」「飛び跳ねる」「ニンジンが好き」
「月で餅をついている」「カメと競争して負けた」といったところでしょうか。
それらが今回紹介する年賀状デザインにどんな風に反映されているのか、
また意外な発想の展開はあるのかなど楽しんで下さい。

最初は1987年の卯年です。
私の状況は横浜国大の附属横浜中に赴任して3年目、
附属中では新入生を初めて担任として迎えた年で、やる気満々だった記憶があります。
絵の方は一陽会で会友としてそれなりの地歩を固め始めた頃ですが、
絵の方向性に行き詰まりも感じ始めていました。
その年の年賀状にそんな状況が反映されていたかどうかは分かりませんが、
年賀状の中の私たちの表情はすぐれません。(写真1)

写真1 1987

アイディアは「月での餅つき」で、ウサギの着ぐるみを着た私たちが、
注文が来なくて意気消沈している様子にライバルのカメも同情している場面です。
私たちのさえない表情というのはあまり描かないので、貴重と言えば貴重です。

さてこの年も多くの優れた年賀状デザインが私の元に寄せられました。
一枚目は常連さんの一人、大住中卒業生のAさんのものです。(写真2)

写真2 1987 大住中卒業生Aさん

発想源は『不思議の国のアリス』で、そこに登場するウサギやオウムを使ったと思われますが、
Aさんの絵は構図が上手いのが特徴です。
最前列の2匹のオウムやティーカップを持ったこちら向きのウサギの背後に
森へと向かう後姿のウサギを配して、画面に動きや奥行きを出しています。

2枚目は一陽会の版画部のOさんの年賀状です。(写真3)

写真3 1987 一陽会版画部Oさん

Oさんは横浜髙島屋に勤務していたこともあって、
私が同所で個展を開けるようになったことをとても喜んでくれました。
Oさんが重い病気で入院された時は、岡山から神奈川県の七沢までお見舞いにも行きました。
年賀状は得意の銅版画で制作したもので、ウサギのぬいぐるみがモチーフです。
年賀状というよりは銅版画作品をプレゼントしてもらったような感じで、
ぬいぐるみのウサギに生命感が宿り、小さいながら実に重みのある一枚です。

3枚目は中学校の美術科教員のMさんからのものです。(写真4)

写真4 1987 中学校美術科教員M先生

Mさんも国立大学の附属学校勤務で、
開隆堂という出版社でともに『中学校美術』の教科書を作っていた仲でした。
私からすると5年先輩の優しい兄貴分でした。
Mさんの年賀状は木版画で一匹のウサギを写実的に表現した一枚です。
洗練された線描と品の良い下地の色が格調の高さにつながっています。

4枚目は当時附属横浜中学校の在校生だったSさんからのものです。(写真5)

写真5 1987 附属横浜中在校生Sさん

Sさんは元気な女生徒で美術の授業でも活躍していました。
年賀状は木版画ですが、まさにSさんの元気の良さがよく出ています。
バニーガールの横顔を大きく収めた構図で、迫力と活気のある画面になっています。
少女の眼を隠したあたりが若さに似合わない憎い演出です。

5枚目は大住中卒業生のMさんの年賀状です。(写真6)

写真6 1987 大住中卒業生Mさん

Mさんは美術部員でしたが、おとなしい性格にもかかわらず、
作品は常にユーモアやウィットに富んだ刺激的なものでした。
この年賀状も色鉛筆による一品制作の貴重品ですが、
お弁当に入れるウサギに見立てたリンゴを主役にするあたりにMさんの真骨頂が窺えます。
彼女の毎年の年賀状は私の楽しみのひとつになっています。

次は1999年の卯年です。
私が岡山大学に赴任して6年目、岡山という土地にも大学という職場にもだいぶ慣れてきた頃で、
この年の一番の思い出は3月に初の作品集『楽園の寓話』を上梓したことです。
自分の作品集を出すというのは長年の夢でしたから、その夢が叶った喜びはひとしおでした。
この年の私の年賀状デザインはかなり凝っています。(写真7)

写真7 1999

まず目につくのはピースサインをした手ですが、
これがウサギの頭とのダブルイメージになっているのです。
立てた2本の指がウサギの耳で、マニキュアをした親指の爪がウサギの眼です。
右向きのウサギの横顔が見えて来たでしょうか。
キャッチコピーもピースサインに合わせて「PEACE PLEASE」と平和へのアピールにしました。

この年に来た年賀状では版画の秀作が多く、大いに私を喜ばせました。
一枚目は大住中卒業生のYさん(前出のMさん)のものです。(写真8)

写真8 1999 大住中卒業生のYさん

今回はシンプルな線でうずくまるウサギを表していますが、叙情味溢れる一枚になっています。
このような味は彼女特有なものなので、真似しようとしても出せません。貴重ですね。

2枚目は岡山大学の先輩教員で、公私ともにお世話になったN先生のものです。(写真9)

写真9 1999 岡山大学教授のN先生

N先生は温厚で几帳面ですから、賀状デザインにも人柄がよく出ています。
向かい合う親子のウサギを梅模様の入った装飾的なデザインでまとめていますが、
とても温かい雰囲気が感じとれます。
統一された渋い色調もさすがですね。

3枚目は岡山の洋画界で幻想絵画の旗手として活躍されていたM先生のものです。(写真10)

写真10 1999 美術文化協会の重鎮M先生

M先生は私が岡山に移住してきた時から目をかけてくれ、
1998年の倉敷美術館での大個展の際には3度も足を運んでくれただけでなく、
多くのお弟子さんに私の個展を見るように勧めてくれた恩人です。
年賀状はそんなM先生の貴重な版画作品です。
二匹のウサギが戯れている場面ですが、ウサギの眼に力があり、
ポーズにも凝縮されたエネルギーと強い生命感が感じられる一枚です。

4枚目はそのM先生の絵画教室に通っていた
岡山大学のゼミ生Kさん(後のSさん)のものです。(写真11)

写真11 1999 岡山大学ゼミ生Kさん

マーブリングの模様を生かしたデザインで、中央のピンクのウサギを中心に、
その周りに異様なキャラクターが集結して、あたかも百鬼夜行のようです。
この幻想的な表現にもM先生の影響があるのかもしれません。

5枚目は附属横浜中の卒業生で、
在校中から取り組んでいた演劇の世界で今も頑張っているSさんのものです。(写真12)

写真12 1999 附属横浜中卒業生Sさん

ウサギではなくバニーガールを大胆にトリミングして、画面いっぱいに収めた構図が秀逸です。
美術の授業でも切れ味鋭いセンスが光っていましたが、
年賀状でもいかんなく持ち味を発揮しています。
赤いハイヒールが効いていますね。

2011年の卯年と言えば、3月11日に東日本大震災が起き、何とも不穏な1年でした。
一方、私個人としては岡山大学教育学部の附属幼稚園園長に就任した年でもあり、
大学との兼業で業務的にはかなりきつかったのですが、
附属幼稚園の楽しい雰囲気もあって、私の気分は高揚気味だったことを思い出します。

この年の年賀状は、自分史上おそらく一番受けたデザインです。
先ほど紹介した12年前のSさんのデザインに影響を受けた訳ではありませんが、
強烈なイメージが頭のどこかに残っていたのかもしれません。(写真13)

写真13 2011

家内と私がバニーガールに扮して、控え室の鏡の前で出番を待っている場面です。
私がジムに通い出して14年目、だいぶ筋肉も付いてきた頃なので、
後姿にもそのあたりを反映させています(笑)。

この年も質の高い年賀状が届いています。
1枚目は岡山大学の卒業生で、
現在も子育てに励みながら色鉛筆画の制作や指導に取り組んでいるIさんのものです。(写真14)

写真14 2011 岡山大学卒業生Iさん

初春のシンボル梅の花を背景に
リアルに描写された1匹のウサギが立ち上がって後ろを振り返っている場面です。
その自然な動きが見事に捉えられています。
背景の赤色も新春のめでたさを演出していて、ハッピーな感じが充満しています。

2枚目は中学校教員で彫刻家でもあるYさんのものです。(写真15)

写真15 2011 中学校教員で彫刻家のYさん

Yさんとは私が現在の新居に越してからはご近所さんになりました。
ウサギを実際に飼っていて、彫刻のモチーフにしています。
我が家にもYさんが創った南瓜に乗ったウサギの作品があります。
年賀状は飼っているウサギの眠っている姿を木版画で表したものでシンプルな作品ですが、
彫り跡でウサギの毛並みを表現したところなど巧みな手際を感じさせます。
Yさんのモデルに対する愛情が伝わってくる一枚です。

3枚目は岡山大学のゼミ生Iさんのものです。(写真16)

写真16 2011 岡山大学ゼミ生のIさん

Iさんはとても頑張り屋の学生で、彼女から在学中にもらった年賀状はどれも秀作でした。
この年のものもウサギを正面から捉え、思い切りトリミングした構図で迫力ある作品となっています。
2011年の11をウサギの両耳で表すというアイディアが素敵ですね。

4枚目は岡山大学卒業生のSさん(前出のKさん)のものです。(写真17)

写真17 2011 岡山大学卒業生のSさん

常連のSさんですが、彼女の年賀状には決まったスタイルがあるわけではなく、その年々で異なります。それだけ多様な発想と技術を持っているということでしょう。
この年のものは月にいる2匹のウサギが地球を眺めているという宇宙的な広大な構図が印象的です。
暗い中に微妙に感じられる青みの色調が効いていますね。

5枚目はこれも常連の中学校美術科教員のHさんのものです。(写真18)

写真18 2011 中学校美術科教員のHさん

例によって写実的な表現で、
何かにおびえたような表情で立ち上がる1匹のウサギと遠景にどこかの風景を描いています。
ウサギの表情や背景との距離感が色々な想像を掻き立てるのですが、
遠景の右側では煙が激しく湧き立っているようにも見えます。
火事でもあったのでしょうか。
東日本大震災が起きるのは2か月後ですが、この絵はそれを予言しているようにも見えます。

最後は2023年、つまり昨年の年賀状ですから、皆さんも記憶に新しいでしょう。
昨年は色々なことがありましたが、後半体調を崩してしまったことが一番の反省点です。
長年続けてきたハードスケジュールに70歳を迎えた体がついていけなかったということでしょう。
今年は仕事をセーブしようと思います。

さてそんな年の私の年賀状はと言えば、これがなかなか象徴的なんです。(写真19)

写真19 2023

私と家内を横向きに並べて描いていますが、その表情がとにかく苦しそうです。
アイディアは「ウサギとカメの競争」のパロディで、
実は夫婦で二人三脚をしているところという「落ち」なわけですが、
実生活でも二人とも体調が悪い時期が重なり、
支えあって乗り越えたこともありましたから、
この絵は一種の予言にもなってしまいました。

さてこの年も素敵な年賀状が届いています。
1枚目は一陽会の後輩Yさんのものです。(写真20)

写真20 一陽会の後輩Yさん

Yさんが一陽展で発表している絵は、迫力のある大画面が魅力的ですが、
この年賀状にもその持ち味が生かされています。
ウサギを見下ろしたシンプルな構図ですが、
ウサギの白い体毛の描写が温かさと量感を感じさせます。
目と耳の赤色がアクセントになっています。

もう1点ウサギを正面から捉えた秀作を紹介しましょう。
こちらも一陽会の後輩のOさんのものです。(写真21)

写真21 一陽会の後輩Oさん

Oさんは一陽展で大きな賞を何度も受賞している代表作家の一人です。
発表作では猫や象をよく描いていますが、ウサギも上手いですね。
上を見上げた子ウサギが何とも愛らしく描かれています。
もの言いたげな表情は生きているようです。

YさんにしろOさんにしろ、年賀状でも手を抜かない姿勢に好感が持てます。

3枚目は中学校美術科教員のTさんのものです。(写真22)

写真22 中学校美術科教員のTさん

Tさんは岡山大学の卒業生で、私が主宰するグループ展に所属していたこともあります。
ユーモアがありマンガ的表現を得意としています。
年賀状はCGイラストですが、
スタイルが決まっていて作品の質も高いので、私の年賀状コレクションの常連です。
この年のデザインは「因幡の白兎」の神話を元にTさん流に料理しています。
直線を生かした造形処理が見事です。
また愛猫家ですから右側の大国主命は猫です。

4枚目は岡山出身の画家Aさんのものです。(写真23)

写真23 岡山出身の画家Aさん

Aさんは現在関東地方在住で、絵を中心に活動しています。
彼の若い頃の作品は超細密描写が特徴で、私も10号の作品を持っています。
年賀状はというと極限まで単純化された表現で、
木製のウサギの置物を描いています。
構造的に耳と後ろ足は手動で動きそうです。
寡黙な印象の作品ですが、存在感は十分です。

5枚目は大阪芸術大学の卒業生Kさんのものです。(写真24)

写真24 大阪芸大卒業生のKさん

Kさんは樹木が主役の風景を細密表現で描くのを得意としていました。
卒業後最初に届いたのがこの年賀状です。
大きな目の可愛い少女が描かれていますが、ウサギは一見どこにもいません。
しかしよく見るといるのです!
皆さん気付かれましたか?
少女の耳元を見ると、ウサギのイヤリングが下がっています。
若い女性らしい洒落たアイディアですね。

今回の最後を飾るのは、岡山大学の卒業生Kさんのものです。(写真25)

写真25 岡大卒業生のKさん

Kさんは猫好きですから、干支に関係なく毎年猫をモチーフにした年賀状を届けてくれます。
この年はノートの上に置かれた猫のぬいぐるみを細密描写した作品です。
長年愛用されたと思えるぬいぐるみへの愛情がじわっとにじみ出ているような味わい深い一枚です。
このように自分の好きなものを毎年描いてみるというのも
年賀状デザインの良いところではないでしょうか。

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