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第59回「年賀状デザインのギャラリー 〜半世紀の軌跡と思い出〜 その3・寅年」

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花粉症の季節3月になりました。これからの2ヶ月はくしゃみと鼻水が友だちです。

さて『年賀状デザイン半世紀の軌跡と思い出』の3回目は寅年です。

虎のイメージは
「黄と黒の縞模様」「大きくて力強い」「張り子の虎」「龍虎の戦い」「虎のパンツ」
あたりでしょうか。
動物としての虎はキャラが立っているので、比較的デザインしやすいかと思います。

最初は1986年の寅年です。

この年、私の故郷である神奈川県伊勢原市に美術家協会が設立され、
私も創立会員に名を連ねました。
それから半世紀以上の時が流れましたが、伊勢原市に美術館が建つこともなく、
大きな美術的ムーブメントも起きていないことは残念でしかたありません。
私は1994年に岡山大学に赴任した関係で伊勢原市を離れましたが、
実は今でも伊勢原美術協会のメンバーです。

さてこの年の年賀状ですが、かなり奇抜なアイディアです。(写真1)

写真1 1986

私たちが向かい合ってお互いに何か指摘していますが、
髪の毛の部分がくつろぐ二匹の虎になっているのです。
これは散髪の失敗を言う「虎刈り」から来たイメージです。
相手の異変を指摘する側が、自分の異変には気づいていないという風刺的な落ちです。

この年に来た年賀状の1枚目は、横浜国大の同期で専攻も一緒だったA君のものです。(写真2)

写真2 1986 横浜国大美術科同期のA君

A君は真面目な人でしたがユーモアがあり、いつも面白い年賀状を届けてくれました。
怖いイメージの虎もA君にかかればこの通り!まさにハッピーそのものです。
敷物のように広げられた縞模様も楽しいですね。

2枚目は本格的な虎の絵です。(写真3)

写真3 1986 中学校美術科教員のFさん

中学校美術科教員のF先生の手になる力作です。
先輩だったF先生とは仕事の関係の付き合いでしたが、誠実な人柄が今も印象に残っています。
この虎の絵も正攻法で虎のイメージに迫った力作です。

3枚目はひとひねりが効いたデザインです(写真4)

写真4 1986 横浜国大附属中在校生のY君

一見単純化された虎の形態ですが、よく見ると数字の86が隠されています。
1886年の虎というわけです。
作者は横国大附属中の在校生Y君ですが、
授業での作品作りと同じように手を抜かないところに好感が持てます。
口の赤色が効いていますね。

4枚目は大住中の卒業生Aさんのものです。(写真5)

写真5 1986 大住中卒業生のAさん

Aさんはこの年賀状ギャラリーでも何度目かの登場で、常連さんの一人です。
今回のデザインは虎ではなく猫で来ました。
4匹の猫をスピード感のある線で描写しています。
ベタの黒とハッチングによるグレーの部分の使い分けが見事です。
左下に数字の86がさりげなく隠されているところも洒落ていますね。

続いて1998年の年賀状です。この年は私にとって大きな当たり年でした。
まず2,3月に花の美術大賞展とトリックアート大賞展という二つの全国コンクールで大賞を連続受賞。
8月には倉敷市立美術館で大作を35点並べた岡山での初個展を開催。
9月には委嘱出品の作が岡山県美術展で大賞を受賞。
さらに10月には3度目の挑戦で最難関の小磯良平大賞展に初入選。
このように絵画の領域でこれ以上はないという成果を上げることができた1年でしたが、
例年の倍は頑張った分、体重が5㎏も減りました。
この年の私の年賀状はちょっと仕掛けが分かりにくいかもしれません。(写真6)

写真6 1998

「謹賀新年」以外に私たちの近況を伝える四文字熟語を並べていますが、
実は「1998」「元旦」も含めて、これらの文字はすべて虎の縞模様になっているのです!
つまり我が家のタローが興味津々近づこうとしているのは虎なのです。
それで奥の方で私たち二人が騒いでいるというわけです。

この年に届いた年賀状の1枚目はド迫力の版画作品で、
作者は岡山大学の附属学校園の教員のY先生です。(写真7)

写真7 1998 岡大附属学校教員のYさん

横向きの虎を装飾的に処理し、文字も含めて力強い画面を創っています。
造形に力があるというのはこのような作を言うのでしょう。

2枚目も迫力では負けていない力作です。(写真8)

写真8 1998 岡山大学先輩教員のNさん

これも常連の岡山大学の先輩教員N先生のものです。
先ほどの虎の曲線美とは対照的に、こちらは直線を強調して正月の獅子舞を表しています。
文字も含めてスキのないデザインです。

3枚目はこの2枚とは違って、
あえて描かないことで印象を強めるという高度な手法を使っています。(写真9)

写真9 1998 横浜国大附属中卒業生のKさん

作者は横浜国大附属中の卒業生Kさんで、
中学生の頃から美術に対する批評眼には光るものがありました。
この賀状でも虎の顔を一部だけ描くことで、より左目の印象が強まり、左側の余白も生きています。
才能を感じさせる1枚です。

4枚目は大住中卒業生の I さんの年賀状です。(写真10)

写真10 1998 大住中卒業生のⅠさん

Iさんは私が新設校の大住中に赴任して迎えた最初の新入生の一人で、
何と卒業まで3年間連続で担任しました。
そんな関係で個展にもよく来てくれます。
賀状の方は「虎のパンツ」ならぬ「虎の水着」を身に着けたセクシー・ガールの登場です。
こんな美女にウィンクされたら誰でもノックアウトでしょう。

5枚目は仕掛けが凝っています。(写真11)

写真11 1998 平塚市の先輩美術科教員Hさん

平塚市の先輩美術科教員Hさんのものです。
寅年なのになぜか翌年の干支の兎がデザインされています。
しかし何か下の方がもやもやしています。
よくよく見ると何かが描かれているではありませんか!
何と逆さにすると虎です。(写真12)

写真12 1998 平塚市の先輩美術科教員Hさん

Hさんは頼りがいのある先輩でしたが、こんなウィットも持っていたのです。
このようにこの年の年賀状のレベルは非常に高かったことが分かります。

2010年の寅年は一陽会岡山グループを立ち上げ、『旗揚げ展」を開催した年です。
この展覧会で育った若手作家が今、一陽会の東京展で大活躍しているのは嬉しい限りです。
もうひとつの大きな出来事は、
久々に復活した『アーティスト・ファイヴ岡山2010展』に、私が岡山県の洋画部門の代表に選ばれ、
他の4領域の代表作家とともに天神山文化プラザに代表作が展示されたことです。

岡山に来て16年、ようやく私の絵画世界が広く認知されるようになったということでしょうか。

さてこの年の私の年賀状は元気がほとばしっています。(写真13)

写真13 2010

強そうな虎を正面から捉え、その「虎の威」を借りて、私たちも意気込んでいます。
虎の尾に2010という数字を忍ばせました。
キャッチコピーは「今年もトライ!」で、駄洒落です。

この年の年賀状の1枚目は一陽会の先輩で関西支部のリーダーであったM先生のものです。(写真14)

写真14 2010 一陽会の先輩M先生

M先生は一陽会の中でも確かな描写力と構成力で群を抜いた存在でした。
昨年思いがけず他界されましたが、お互い冗談を言い合える仲でしたので、本当に残念でなりません。
この年の年賀状も力作で、
爪を研いで今にも獲物に飛びかかろうとしている姿が見事に捉えられています。
書も達筆で言うことはありません。

2枚目は常連の岡山大学卒業生のSさんのものです。(写真15)

写真15 2010 岡山大学卒業生のSさん

黄色の縞模様で下地を作り、その上から緑色で虎の顔を重ね摺りしています。
虎の顔のアップは迫力がありますね。
毎年スタイルを変えても、私の厳しい選考に残るのですから大したものです。

3枚目は虎の横顔をアップで捉えたものです。(写真16)

写真16 2010 岡山大学卒業生のⅠさん

作者は岡山大学の卒業生のIさんですが、
『陽のあたる岡』のメンバーで、子育てをしながら制作も続けている頑張り屋さんです。
横顔の虎も凛々しくて素敵ですね。
特にこの虎には知性が感じられます。
背景の処理や漢字のような英語のデザイン表記が、そういう効果を出しているのかもしれません。

4枚目はちょっととぼけた味のデザインです。(写真17)

写真17 2010 大住中卒業生のN君

竹棒の先に虎の縞模様の長靴を吊るしています。
視覚的なインパクトがあるので選びましたが、意味は不明です。
作者は大住中学卒業生のN君で、私が創設した美術部の初代部長もやっていました。
とにかく美術に熱心に取り組む生徒でしたから、このような変化球はちょっと意外です。

5枚目は毎年木版画の力作を届けてくれる横浜国大附属中保護者のKさんのものです。(写真18)

写真18 2010 横国大附属中保護者のKさん

「微笑仏」で有名な江戸時代の遊行僧・木喰の作品を絵にしたものです。
木喰仏の温かさが木版画の技法で適確に再現されています。
年賀状のモチーフとしてはライバルの円空仏の厳しさよりも
木喰仏の優しさの方がふさわしい感じがします。

2022年の寅年はまだコロナ禍の中、皆さんワクチン接種に追い立てられていたのではないでしょうか。

私はと言えば、笠岡市の法華寺から依頼されていた本堂の天井画の完成予定年になっていたので、
それに追われていました。
年末には恒例の横浜髙島屋での個展を控えていたり、
大学でも『絵画概論』という必修科目の講義を担当することになったりで、
年度当初から例年にない忙しさでした。
この年の私の年賀状は「トラウマ」になりました。(写真19)

写真19 2022

「トラウマ」とは強い衝撃をもたらす心的障害を意味する言葉ですが、
近年は日常会話の中でも軽く使われるようになっています。
私の「トラウマ」はもちろん軽い意味のジョークです。
縞模様つながりで「虎」が「馬」に変身するという視覚造形の妙を気楽に楽しんでもらえれば幸いです。

この年の年賀状の1枚目はまたまた常連の岡山大学卒業生Sさんのものです。(写真20)

写真20 2022 岡山大学卒業生のSさん

虎の顔を正面から正攻法で描いています。
ひねりはありませんが、迫力は十分です。
プロレスの世界でタイガーマスクというレスラーが大活躍していた時代がありましたが、
成功の一因はマスクのキャラクターとして虎の顔を採用したことにあると思います。
やはり虎の顔は「強さ」の象徴なのです。

2枚目はこれまた常連の中学校美術科教員のH先生のものです。(写真21)

写真21 2022 中学校美術科教員のH先生

こちらは虎の顔の一部をズームアップしています。
極限までのトリミングですから、虎が間近に迫ってくるようなド迫力です。
H先生は毎年凝った年賀状を届けてくれるのですが、
忙しい日常業務の中で、クオリティの高い賀状を創り続けられる努力には頭が下がります。

3枚目は二度目の登場となる中学校美術教員のT君のものです。(写真22)

写真22 2022 中学校美術科教員のT君

今回は「寅」にちなんで「フーテンの寅さん」で来ました。
映画の主題歌が聞こえてくるようなのどかな情景が描かれていますが、
肝心の「寅さん」はやはりネコです。
T君の年賀状はスタイルが確立しているので、シリーズ作品として十分になり立っていますね。

4枚目は名画のパロディです。
選ばれた名画は北斎の《甲州犬目峠》、『富嶽三十六景』の中の一枚です。(写真23)

写真23 2022 元国立大学教員のA先生

作者は国立大学教員のA先生です。
A先生も毎年凝った年賀状を届けてくれますが、この年の仕掛けに皆さんは気づかれたでしょうか?
問題は手前のなだらかな丘です。
よく見ると虎の背中になっています。
分からないのは一番手前の壊れかけた塀です。
角がある動物のシルエットのようにも見えますが、特定できません。
これが龍であれば「龍虎の戦い」の見立てになるのですが。
参考に原画も紹介していきますから、比較を楽しんでみてください。(写真24)

写真24 2022 北斎《甲州犬目峠》
写真23(左)と写真24(右)を比較してみよう。

5枚目は写真を使った表現です。(写真25)

写真25 2022 岡山大学卒業生のK君

写真を使った年賀状デザインは現在の主流ですが、
芸術性の高いものは少ないので、今回のものは貴重です。
作者は岡山大学の卒業生K君です。
K君は岡山大学における私の最初期のゼミ生で、現在は写真撮影を生業にしている、
言わば写真のプロです。
賀状の素材は踏切や工事現場などで見かける黄と黒の縞模様です。
若い女性がその模様の布で目隠しをされています。
意図を私なりに推測すると、
この女性は目隠しをした状態で、危ない領域に足を踏み入れようとしているのでしょうか。
そう思うとなかなか意味深な情景ではあります。

6枚目はこれまた常連の岡山大学の卒業生Kさんのものです。(写真26)

写真26 2022 岡山大学卒業生のKさん

Kさんの賀状は何時も猫がモチーフです。
今回は2匹の猫を背中合わせに配して、傍にメジャーのようなものが置かれていて、
右側のものから出た紐が画面をめぐり、2022を表しています。
2匹の猫のシルエットも何かの文字を表しているのかもしれませんが、
私には分かりませんでしたので、皆さんが気付いた場合にはぜひお知らせください。

今回はたまたまトリを飾る方が前回と同じになりました。
こんなこともあるんですね。

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