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第61回「年賀状デザインのギャラリー 〜半世紀の軌跡と思い出〜 その5・子年」

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ついこの間まで冬のコートを着ていたのに、
あっという間に夏日がやってくるという最近の日本の天気にあきれかえる5月の始まりです。

まさに「ナンチュー天気だ!」というわけで、今回は子年の年賀状を紹介します。

子年の動物はネズミ。
そのイメージは「小さくてすばしこい」「耳が大きく尻尾が長い」「チューチュー鳴く」「ネズミにチーズ」「ネコとネズミ」「ミッキーマウス」「雪舟のネズミ」といったところでしょうか。

昔の農家にはネズミはつきもので、
親が養鶏業を営んでいた我が家でもネズミは常連さんでした。
その頃飼っていたネコはネズミを捕るのが仕事ですから、
今のようにペットでいられるほど優雅ではありません。
ネズミを捕らないネコは、ほどなく捨てられる運命でした。

以前神奈川県の伊勢原市に住んでいた頃、
飼いネコのジローが子ネズミをくわえて台所にやって来て私たちに近づくので、
家内がパニックになったことがありました。
この時のジローは、捕まえたネズミを私たちに見せて褒めてもらおうとしたようです。
今となっては懐かしい思い出です。

さて最初は1984年の子年ですが、
この年は10年間在職した私の大住中学校勤務のラストイヤーでした。

10年間に3度担任として卒業生を送り出すことができ、
2年間の大学院研修の機会も与えてくれた大住中学校には感謝の気持ちしかありません。
最後に担任したのは1年生のクラスでしたが、
4月の離任式の挨拶では「彼らを抱きしめたいくらい可愛い」と
切ない気持ちを率直に伝えたほどです。
まさに大住中学校時代は私の青春時代で、
その後の人生の基礎となるものをたくさん学びました。

今でも個展をやると大住中の卒業生や同僚が来てくれます。
中には岡山や倉敷の個展に来てくれる人もいます。
そんな人たちとのつながりに欠かせないのが、年賀状のやりとりだったのです。
この年の私の年賀状は人文字のアイディアです。(写真1)

写真1 1984

サーカスのアクロバットよろしく、私と家内で「子」の字を造っています。
下で支える私の表情は相当苦しそうです。
足元でネズミが駄洒落を言って拍手をしています。
年号の1984もネズミの絵文字になっています。

この年に来た年賀状の1枚目はカラフルな版画作品です。(写真2)

写真2 大住中卒業生 I さん

作者は大住中卒業生で美術部OGの I さん。
I さんはリーダーを補佐するタイプで、誠実な性格の生徒でした。
線描のネズミのシルエットを白抜きで大きく入れています。
背景は日の出の海景です。
ネズミの形を白抜きにしたことで、全体が重くならず生き生きとした印象になりました。

2枚目は同じく大住中卒業生で美術部OGのMさんの版画作品です。(写真3)

写真3 大住中卒業生Mさん

Mさんの持ち味はほんわかとしたナイーブさで、
この賀状でもミカンをかじるネズミがいい味を出しています。
平面的な処理で細部描写は一切していませんが、力強さが感じられるデザインです。

3枚目は大住中在校生の作品で、手書きの一枚ものです。(写真4)

写真4 大住中卒業生Kさん

作者のKさんは美術部員ではありませんでしたが、
美術の授業ではいつも力作を創って、私を喜ばせたものです。
当時彼女は3年生で、文面からも受験を控えた状況が分かります。
年賀状はネコに捕らわれたネズミが必死で腕から抜け出そうとしている図で、
Kさんのユーモア・センスがよく出た作品です。

4枚目は横浜国大の同期生で、親友だったK君のものです。(写真5)

写真5 横浜国大同期生K君

K君は佐渡島の出身で、大学ではヨット部に入っていました。
早くから車の運転もしていて、背も高かったので、いわゆるかっこいい学生でした。
彼は年齢が上だったこともあり、私の兄貴分のような存在で、
何度か下宿にも泊めてもらい、
恋愛相談に乗ってもらったこともありました。
彼の年賀状はネズミではなく、冬の花シクラメンを描いた版画作品です。
文字とのバランスも良く、
彫刻専攻だった彼が、
絵心も豊かであったことをさりげなく伝えてくれる一枚です。

1996年は岡大に移って3年目、
絵の方では大きなことはなく、
教育の方では鑑賞の授業を復活させたことが挙げられます。

岡大に来てからは絵画の実技担当教官という立場でしたから、
それまで間断なくやっていた鑑賞の授業は封印していました。
しかしそれで2年間やってみると、
やはり鑑賞の授業がないと美術の面白さが伝えづらく、
学生の指導ももうひとつ効果が上がらなかったのです。
それで最初はあくまで絵画領域の講義として『絵画鑑賞』という選択授業を始めたわけです。
それが学生たちに好評で、やがて『美術鑑賞』として教職必修科目として定着しました。
大学では研究に当てられる時間が現場とは比べものにならないくらいありますから、
私の鑑賞授業もここから大幅にグレードアップしていきました。

さてこの年の私の年賀状はかなりお気に入りのデザインです。(写真6)

写真6 1996

飼いネコのゴンが大あくびをする様をアップで納めた構図で迫力を出しています。
私たちが驚いているのは、ゴンの喉の奥にネズミがいるのを発見したからです。
小さなネズミだけではインパクトが弱いので、
飼いネコの中で最も貫禄があったゴンの力を借りたというわけです。

「大アクビ キャット(cat)おどろく マウス(mouse mouth)かな」

という川柳風キャッチコピーも凝っています。
キャットとcat、マウスとmouse(ネズミ)mouth(口)がそれぞれ掛かっています。

この年に来た年賀状の1枚目は手描きの1枚ものです。(写真7)

写真7 岡山大学ゼミ生Tさん

作者は岡山大学のゼミ生Tさんです。
Tさんは後に海外に出て外国の方と結婚し、アメリカで生活することになります。
相手の両親がスコットランドで羊の大牧場を経営しているので、
「羊の画家」ならぜひ取材を兼ねて遊びに来てという嬉しいオファーを何度かいただいたのですが、
私が大学や展覧会で忙しかったり、コロナ禍に見舞われたりで、
今のところ行く機会を逃しています。
年賀状はTさんらしい思い切りの良さが光っています。
墨の一筆描きでネズミの全身を表しています。
目の赤点が効いていますね。

2枚目は常連の大住中学校美術科教員のY先生(旧姓はT先生)のものです。(写真8)

写真8 大住中学校美術科教員Y先生

相変わらずの独自の色使いが冴えたデザインです。
淡い色調ですが、ラフに描いたタッチが画面に活気を生み出しています。
ネズミは流れ星を掴もうとしているのでしょうか。

3枚目は大住中卒業生のKさんのものです。(写真9)

写真9 大住中学校卒業生Kさん

Kさんは私が大学院から大住中学校に戻った時に担任した3年時のクラスの女子学級委員長で、
明るく聡明で、ユーモアを解する生徒でした。
このカラフルな年賀状には世界的に有名なキャラクターが隠されています。
年賀状を離して見ると、ミッキーとミニーが見えてくるでしょう。
顔が白抜きになっているのと、背景の縞模様で二人が見えにくくなっているのです。

4枚目は岡山大学の先輩教員で常連のN先生のものです。(写真10)

写真10 岡山大学先輩教員N先生

いつものスタイルで、
今回はネズミ退治に飼いネコを仕掛けようとする童を描いています。
造形の妙に物語性が加わり、
民話のような温かい雰囲気を醸し出しています。

5枚目は横浜国大附属横浜中の卒業生Wさんのものです。(写真11)

写真11 横浜国大附属中学校卒業生Wさん

Wさんは活発な才女で、美術の授業でも活躍してくれた生徒です。
年賀状でもパソコンのマウスをネコがいじっている最先端のアイディアを披露しています。
1996年というと私はまだパソコンを使っていませんでした。
岡山大学のすべての研究室にパソコンが入るのは、もう少し先のことです。
そんな時代にマウスを取り上げたWさんのセンスはさすがですね。

2008年の子年は第21回目の個展を、久しぶりに平塚画廊で開いた年です。
そしてこれが平塚画廊では最後となりました。
最初の2回はあまり大きな成果は上げられませんでしたが、
岡山大学に移ってからの4回はいずれも作品が良く売れ、相性の良さを感じたものです。

また、この年に神林恒道先生監修の鑑賞ガイドブック『西洋美術101』が刊行されました。
西洋美術の代表作を101点選び、
作品への鑑賞的アプローチに解説を加えた構成で、
私も著者の一人として参加し、18編の項目を担当しました。
神林先生や他の著者に揉まれながら鍛えられたここでの経験は、
私がその後、鑑賞に関する文章を書く上で、大いに役立ちました。
ちなみに『西洋美術101』というタイトルは私の発案で、
昔のテレビ番組『スタジオ102』をヒントにしたものです。

さてこの年の私の年賀状は文字のダブルイメージという珍しい手法を使ったものです。(写真12)

写真12 2008

飼いネコのチャゲとムクが「ネズミヤ!」と叫んでいますが、
その中に「イズミヤ」という文字が隠されているというアイディアです。
それに合わせて私たち(イズミヤ)もネズミの被り物をして逃げているわけです。
川柳も「初春や ネズミかぶりで ネコだます」となっています。

この年の年賀状の1枚目は、大住中卒業生のEさんのものです。(写真13)

写真13 大住中卒業生のEさん

Eさんは美術部OGで、このブログにも何度か登場しています。
いつもシンプルな線描で干支の動物を表現するのに長けています。
今回も曲線が生かされたデザインで、白ネズミが躍動しています。
体に添えられた淡いピンク色も効いていますね。

2枚目は岡山大学の卒業生で常連のKさんのものです。(写真14)

写真14 岡山大学卒業生のKさん

花に囲まれて穏やかに眠る姿でしょうか。
こんな幸せそうなネズミはちょっと見たことがありません。
Kさんの身辺に何か良いことでもあったのでしょうか。
背景の淡い色彩がより幸福感を強めています。

3枚目は岡山県の洋画家Y先生のものです。(写真15)

写真15 岡山の洋画家Yさん

Y先生は細密描写を得意とする方ですが、
年賀状は一貫して布で作った干支の動物の置物を描いています。
Y先生が描く動物には、味わい深い民芸的な素朴さが宿っていて、
幸せな気分にしてくれます。

4枚目は岡山県の彫刻家Sさんのものです。(写真16)

写真16 岡山の彫刻家Sさん

Sさんは岡山での私の初個展に来場されて以来のお付き合いで、
芸術に対する柔軟な考え方が私と共通しています。
Sさんの作品は、ひとひねりが効いたものが多いですが、
この年賀状でもネズミの集合で模様を創っていて、
互い違いの組み合わせが画面を活気づけています。
直線でネズミを表す発想がユニークですね。

5枚目は岡山大学の卒業生で岡山県の美術科教員Tさんのものです。(写真17)

写真17 岡山県美術科教員Tさん

常連のTさんのデザインはいつもながらの造形処理ですが、
今回はアイディアと構図が大胆です。
何とネズミがネコをくわえています。
すごい逆説ですね。
画面下部には縁起の良い初夢の定番「一富士 二鷹 三茄子」が描かれていて、
ネコが茄子を下げています。

2020年の子年は、忘れもしない「コロナ元年」です。
この年の1月15日に日本で初のコロナ患者が出ましたが、
それは私の池田20世紀美術館での個展が終了した翌日のことで、
「何というラッキー」と神に感謝したものです。

しかしラッキーばかりではありませんでした。
この年の5月には『陽のあたる岡』の第10回記念展が予定されていて、
特別集中展示では私の「20代の初期作品群」が第4展示室を飾ることになっていました。
コロナは3月頃から日本中を混乱と恐怖に陥れていましたが、
5月になるとさらに猛威を増し、行政側の警戒態勢が上がったため、
何と『陽のあたる岡』の第10回記念展は、開催二日目で突如閉会に追い込まれてしまったのです。
この時のショックは計り知れませんでした。
用意していた第10回記念展のリーフレットと私の特別集中展示のリーフレットも、
一部の来場者にしか配布できませんでした。

この年の私の年賀状はそんな未来も露知らず、のんきなものです。(写真18)

写真18 2020

リクテンスタインの名画《キスⅡ》を引用して、
その絵の裏から顔を出したネズミを発見した私たちが驚いている場面です。
ネズミの「CHU~」と名画の「チュー」をかけています。
美術館でこんなことが本当に起きたら面白いですね。

この年に来た年賀状の1枚目は、
前回も登場した一陽会の先輩画家Tさんのものです。(写真19)

写真19 一陽会先輩作家Tさん

振り返るネズミの一瞬を見事に捉えたデザインで、躍動感があります。
シルエットで表していますが、顔の表情などはリアルです。
このネズミ、ゲリラ・アーティストのバンクシーの描くネズミに似ていますから、
もしかしたら引用かもしれませんね。

2枚目は岡山県の版画家T先生のものです。(写真20)

写真20 岡山県の版画家Tさん

T先生はご主人も著名な版画家で、
ご主人とは私が岡山へ来てから美術館の企画展などで何度かご一緒する機会があり、
以来親しくさせていただいています。
年賀状は得意のシルクスクリーン技法で、めでたい正月の雰囲気がよく出ています。
中央に烏帽子をかぶったハツカネズミ、
周囲には松竹梅が散りばめられています。
輪郭線の金色が豪華さを演出しています。

3枚目は常連の岡山県美術科教員のT君のものです。(写真21)

写真21 岡山県美術科教員Tさん

マンガチックなCGイラストで、
今回は米俵に座る大黒様(大国主命)と神の使いのネズミの組み合わせです。
神話でネズミは大国主命のピンチを救ったことがあり、
大国主命を祀る神社では、ネズミも一緒に祀られています。
大黒様をネコに置き換えたことで、より楽しさが増しましたね。

4枚目はやはり常連の国立大学教員のA先生のものです。(写真22)

写真22 国立大学教員A先生

今回は北斎の『富嶽三十六景』の中から《武揚佃嶌》を引用しています。
問題はその風景がどこから眺めたものなのかということです。
よく見ると手前の空間には、ネズミの尻尾や足跡、ネズミの肖像画が掛かっているので、
これはネズミの巣から眺めた佃嶌なのです。
実に凝った仕掛けですね。

5枚目はシンプルなデザインです。(写真23)

写真23 岡山大学卒業生K君

黒い円が三つありますが、よく見るとそれは服のボタンです。
これが何を表しているか、勘のいい方ならもう気が付いたでしょう。
そう!ミッキーマウスです。
こんな素敵なアイディアを思いつくのは、岡山大学の卒業生で、
今は写真業を生業にしているK君しかいません。
前回は寅年に黄と黒のテープで登場していましたね。
時間をかければよい年賀状ができるというわけではないのです。

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