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第27回「オールズバーグの世界」

今回はクリス・ヴァン・オールズバーグの絵本を取り上げて、じっくり語ってみようと思います。

絵本の回の最初にお話ししたように、絵本との衝撃的な出会いはオールズバーグの『西風号の遭難』によってもたらされました。

その絵本をじっくり読んでみて私が気づいたのは、
オールズバーグは絵本の中で巧みな「情報隠し」をしていること、
そして計算された構図作りをしていること、
これらが合わさって彼の絵本にミステリアスな効果を生んでいることでした。

日本の絵本では登場人物の顔が隠されるということはあまりありませんが、オールズバーグはしばしば顔を隠します。(写真1、2)

図1『西風号の遭難』
図2『西風号の遭難』

そして登場人物を画面の奥に配して、一枚の風景画としても見られるようにしたり(写真3)、

図3『西風号の遭難』

光源を隠して複雑な効果を出したり(写真4)など、

図4『西風号の遭難』

私たちの想像力を刺激するような工夫を次々と仕掛けてきます。

オールズバーグのもう一つの特徴はモノクロームの表現に長けていることです。
それは彼の絵の明暗の調子が正確であることを語っています。
例えば映画にもなった『ジュマンジ』です。(写真5)

図5『ジュマンジ』

お話はある姉妹がジャングル探検ゲーム『ジュマンジ』の謎と脅威に満ちた世界に引き込まれていくというものです。ゲームをしていると室内が水浸しになったり、暖炉の上に大きな蛇が現れたりとシュールな出来事が次々と起こります。

これらの場面でもオールズバーグは、登場人物の顔を隠したり(写真6)、

図6『ジュマンジ』

蛇とソファーの柄を近づけてドキッとさせたり(写真7)

図7『ジュマンジ』

など、ミステリアスな絵作りを楽しんでいます。

同じモノクロームの表現でも、『ベンの見た夢』は
銅版画のようなハッチングの手法を使っています。(写真8)

図8『ベンの見た夢』

主人公の少年が本を読んでいて眠りに堕ちると、外は急に大雨になって、世界が水浸しになるという展開ですが、

引きの構図でも(写真9)、

図9『ベンの見た夢』

寄せの構図でも(写真10)、

図10『ベンの見た夢』

オールズバーグは世界遺産の顔を巧みに隠して、私たちの想像力に働きかけてきます。
そしてどのような場面でも構図を工夫することで、一枚絵としてのクウォリティを高めてみせるのです。

そんなオールズバーグの真骨頂ともいうべき絵本が『THE Z WAS ZAPPED』です。(写真11)

図11『THE Z WAS ZAPPED』

タイトルは「Zは雷に打たれた」という意味ですが、アルファベットの26文字が次々と受難に合うという、
一種の“恐怖劇場絵本”です。

オールズバーグの絵本に付きまとう不安感は、彼の心配性な性格に由来するのかもしれませんが、
それにしてもこの絵本で展開されるブラックユーモアは秀逸です。

私が特に引き付けられたのは「B」、「F」、「K」、「L」の4つです。

図12『THE Z WAS ZAPPED』

「B」は「Bitten」で、犬にかじられています。(写真12)

図13『THE Z WAS ZAPPED』

「F」は「Flattened」で、革靴で踏みつけられています。(写真13)

図14『THE Z WAS ZAPPED』

「K」は「Kidnapped」で、何者かに誘拐されるところです。(写真14)

図15『THE Z WAS ZAPPED』

最も怖いのは「Large」の「L」で、ひたすら巨大化しています。(写真15)

こんな絵本もあるんだ!とちょっとした驚きでした。

次は一枚絵の魅力に富んだ『ゆめのおはなし』を紹介しましょう。(写真16)

図16『ゆめのおはなし』

この絵本は主人公の少年が眠りの中で悪夢のような光景に次々と出くわす話です。

見どころは2ページおきに現れる見開き画面いっぱいの絵で、それらのインパクトや一枚の絵としての完成度の高さには驚くばかりです。そしてそこにはオールズバーグの文明観や環境問題に対する危機意識がストレートに表れていて、おおいに考えさせられます。

『西風号の遭難』以来、それを上回る絵本との出会いを求めていた私にとって、この絵本は十分にその期待に応えてくれる一冊となりました。

ここではとりわけ私が気に入っている三場面を紹介しましょう。

図17『ゆめのおはなし』

最初は少年のベッドがゴミの山に乗り上げた場面です。(写真17)
画面の右下からブルドーザーがゴミを押し上げてきます。
奥の方では小さな家がゴミの山に埋もれています。

図18『ゆめのおはなし』

次は工場の巨大な煙突を俯瞰した眺めです。
煙突からはすごい勢いで噴煙が吐き出され、風にたなびいています。(写真18)
少年のベッドはかろうじて煙突の角に乗っています。
画面左下には、それに気づいた工場の人も描かれています。

図19『ゆめのおはなし』

三つめはクルマで大渋滞する高速道路のインターチェンジを下から見上げた光景です。(写真19)
現代文明の行き詰まりや袋小路状態を暗示しているような画面です。
少年のベッドは左下に小さく見えます。
この三場面はいずれも視点が工夫され、印象的な画面となっています。

最後に取り上げるのは、トム・ハンクスが監督・主演して話題となった映画『ポーラ・エクスプレス』の原作絵本『急行「北極号」』です。(写真20、左が絵本で右が映画のパンフレット)

図20『急行「北極号」』(左:絵本、右:映画のパンフレット)

実は私は原作絵本にはあまり興味がなく、手には取ったものの購入していませんでした。
理由は簡単です。
他のオールズバーグ絵本の見開き画面に比べて、もう一つ強い印象がなかったからです。(写真21、22)

図21『急行「北極号」』
図22『急行「北極号」』

皆さんはどう思われるでしょうか?

それが映画を見て大変感動し、あわてて原作を購入したという経緯があります。
映画では作者からのメッセージが適確に伝わり、私の教員時代の貴重な思い出ともつながる結末に胸が熱くなりました。
この経験から私は販売されたDVDを入手し、指導学生たちに映画の上演会を何度か開催したほどです。

そして映画を見て驚いたのは、列車が切り立った雪山を登っていく夜のシーンが、私の描いた《最後の晩餐》という絵の印象にとても似ていたことです。(写真23、24)

図23「ポーラー・エクスプレス」
図24《最後の晩餐》

このことからますますこの映画が身近に感じられるようになり、わずか30ページほどの絵本のストーリーをここまで膨らませたトム・ハンクスの手腕に舌を巻きました。と同時に見る人の想像力を刺激して止まないオールズバーグの絵本の潜在的な力を再認識することにもなりました。

皆さんもぜひ『急行「北極号」』と映画『ポーラ・エクスプレス』の両方を味わってみてください。

きっとファンタジーの素晴らしさに心ときめくはずです。

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