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第35回「アンソニー・ブラウンの世界」

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前回、動物絵本の紹介をしていたら、アンソニー・ブラウンのことが頭に浮かびました。

私の授業でもよく取り上げるアンソニー・ブラウンはイギリスの絵本作家で、授業では

「ちょっとシュールで、ちょっと泣けて、ちょっとおかしくて、ちょっと切ない」

という形容で紹介しています。

このブログでも6月の「見開き画面の活用法」の回で『Me and You』を取り上げていますから、覚えていられる方もいるでしょう。

『Me and You』ではクマの家族が出てきましたが、
実はブラウンは「ゴリラの画家」としても有名ですから、
今回はブラウンの絵本での動物の扱いをじっくりと見ていきましょう。

ところでイギリスの作家と言えば、私の敬愛するチャップリンとヒチコックがいますが、
彼らを特徴づける一流のユーモアと豊かな批評精神、深い心理描写は、ブラウンにも引き継がれています。

そして勉強熱心なブラウンは、シュルレアリストのマグリットをはじめとして、
色々な画家たちからの引用もお手の物ですから、
彼の絵本は知識豊富な人ほど楽しめるとも言えます。

最初に紹介するのは『すきですゴリラ』(あかね書房)です。

写真1『好きですゴリラ』

表紙の絵は満月の情景ですが、光の効果は写実的とは言えません。

枝にぶら下がる少女とゴリラは本来なら逆光なので、もっと暗くなるはずですが、
そうは描かれていません。(写真1)
ブラウンは子どもたちが読むことを想定して、暗くなる逆光表現を避けているのかもしれません。

この絵本は近年同じ出版社から新装版の表紙で復刊されました。(写真2)

写真2『好きですゴリラ』(新装版)

物語は忙しく働くお父さんと二人で暮らすハナが、

誕生日の前の晩に突然現れたゴリラに動物園に誘われ、
その後映画を見たり庭でダンスをしたりして、誕生日を迎えるというものです。

この体験が夢なのか現実なのか、
このゴリラがお父さんなのかどうかは読者の判断にまかされています。

写真3『好きですゴリラ』

各見開きは、左側が小さなコマ絵とテキスト、右側が余白付きの一枚絵という構成で、

写真4『好きですゴリラ』

右側の絵は心理的効果を狙った光の効果や構図が秀逸です。(写真3、4)

写真5『好きですゴリラ』

玄関の場面ではいくつかのしかけにクスっと笑ったり(写真5)、

写真1『好きですゴリラ』

動物園の場面ではドキッとさせられたりで(写真6)、飽きることがありません。

ブラウンのサービス精神は最後の一枚絵にも発揮されています。(写真7)

写真7『好きですゴリラ』

皆さんはこの絵のさりげないしかけに気づくでしょうか。

二つ目は『こうえんで4つのお話』(評論社)です。(写真8)

写真8 『こうえんで4つのお話』

この絵本は二組のゴリラの親子とそれぞれの飼い犬が公園で体験したことを、
母と息子、父と娘の4人がそれぞれの立場から思いを語るという凝った構成になっています。

4人の心理は各場面の絵に反映されていますから、読後は複雑な気持ちになるかもしれません。

また誰の思いに共感するのかも気になるところです。
母親と父親の思いは対照的ですし、男の子と女の子も対照的です。

一つ言えるのは、他者との出会いがそれらの思いを大きく左右するということです。

4人の思いの違いをブラウンは巧みに演出します。

写真9 『こうえんで4つのお話』

この絵本でもブラウンの心理的効果をねらった構図法やちょっとしたしかけが満載です。

写真10 『こうえんで4つのお話』

ここで取り上げる3つの場面から、
皆さんはどのようなことに気づき、
どのような発見をするでしょうか。(写真9,10,11)

ちなみに最後の場面はきっとブラウンが大好きなマグリットの《光の帝国》の翻案でしょう。

写真11 『こうえんで4つのお話』

三つ目は授業でも取り上げている『どうぶつえんZOO』(平凡社)です。(写真12)

写真12 『どうぶつえんZOO』

この絵本は家族で動物園を訪れた1日を、
主人公の「ぼく」の視点から皮肉っぽくレポートしたものです。

陽気で短気なパパ、わがままな弟のハリー、そしてぼくの3人が繰り広げるドタバタ劇を陰気でクールなママがあきれ顔で無視するという構図です。

見開き画面の使い方は、左側は4人家族のコミカルな絵にテキスト、
右側は動物たちが黒枠と余白付きでシリアスかつミステリアスに描かれた1枚絵で
統一されています。(写真13)

写真13『どうぶつえんZOO』

このギャップと対照が見事で、
他の絵本作家に真似できないスタイルをブラウンが獲得したことを物語っています。

右側のページの絵はどれも見ごたえ充分ですが、

ここではシュールなしかけが施されたキリンとトラ(写真14,15)を取り上げます。

写真14『どうぶつえんZOO』
写真15『どうぶつえんZOO』

皆さんもぜひしかけを発見してください。

そして最後に登場するのはやはりゴリラです。(写真16)

写真16『どうぶつえんZOO』

前出の『すきですゴリラ』のチンパンジーのアップと比較してみてください。

あなたは何を感じるでしょうか。

四つ目はゴリラから離れて、少年の心細さをテーマにした『森のなかへ』(評論社)です。(写真17)

写真17『森のなかへ』

父親が不在で不安げな少年が母親から遣いを頼まれ、一人で祖母を訪ねる話です。

少年は母親から行ってはいけないと言われた森の中の道を通って行きますが、
道中で不思議な少年や少女に出会い、
ますます不安は募ります。

少年の心を反映するように森の中の樹木も不気味に変容した姿を見せます。
このようなシュルレアリスム的な心理表現はブラウンの得意とするところです。

もうひとつのしかけとして、
ブラウンはこの絵本の中に過去の有名な童話の記憶を巧みに散りばめています。
このような引用表現もブラウンならではのものです。

読めば皆さんもきっと気付くはずです。

心理的描写が際立った場面をいくつか紹介しましょう。

最初は父親が不在の食卓の場面です。(写真18)

写真18『森のなかへ』

このがらーんとした空虚感いかがですか。

次の二つは不気味な森の樹々の姿です。(写真19,20)

写真19『森のなかへ』

樹木をモノトーンで表現することで、
不安な気持ちが自然を恐ろしいものに変えてしまう心理構造を示しているようです。

写真20『森のなかへ』

最後の意外な展開もブラウン一流の演出となっています。

最後は父親の「これからは、いろんなことがかわるんだよ」の一言を聞いて不安になった少年の心が、
身辺のものをどんどん変容させてしまう『かわっちゃうの?』(評論社)です。(写真21)

写真21『かわっちゃうの?』

「変容」はメタモルフォーズと言って、シュルレアリスムの主要な表現方法です。

それを私がダリやマグリットの絵から学んだように、ブラウンも学んだのでしょう。

写真22『かわっちゃうの?』

この絵本ではまさにメタモルフォーズのオンパレードです。

写真23『かわっちゃうの?』

ここでは連続する3場面を紹介しますが、
そこで展開する変容では「形の類似」が重要な要素になっていることが分かります。

写真24『かわっちゃうの?』

この絵本を読む子供たちはきっと類推の面白さに目覚めるのではないでしょうか。(写真22,23,24)

でもこの絵本の主題はメタモルフォーズではありません。
それらは少年の不安の表象であり、「かわっちゃうの?」の本当の意味は最後に明かされます。
「読者を不安にさせて、最後にどんでん返し」はブラウンの得意な手法で、
『森のなかへ』でも使われていました。

またブラウンは名画からの引用も得意ですが、

写真25『かわっちゃうの?』

この絵本の始めの方に出てくる少年の部屋はゴッホの《アルルの寝室》のコピーです。
ご丁寧に壁にはゴッホの《星月夜》が掛けられています。

こんなところにもブラウン一流のサービス精神が感じられます。

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