
第64回「年賀状デザインのギャラリー 〜半世紀の軌跡と思い出〜 その8・酉年」
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蒸し暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
この季節で難しいのはエアコンとの付き合い方です。
私は毎週火、水は大阪の最南部にある大阪芸大まで通っていますから、
その時には桃太郎線、新幹線、地下鉄御堂筋線、近鉄線と4種類の列車に乗ります。
その4つがどれもエアコンの設定が異なるので、調節のために長袖の上着は欠かせません。
エアコンで体が冷えすぎると後で疲れが出るんですよね。
そして大学も使用する教室によって設定が異なるので、その都度温度設定を変えたりします。
ところが先日、現在180人を超える受講生のいる講義の大教室の冷房がきつくて難儀しました。
そこは自分で調節できない教室だったのでつい我慢してしまい、
その無理が後で祟って10日間くらい体調を崩してしまいました。
おそらくこの回がネットに上がる頃には梅雨は明けているでしょうが、
暑すぎる夏に負けないようにお互い頑張りましょう。
さて今回は酉年の年賀状ですから、干支の動物は鳥です。
鳥の種類は豊富で、形も色も多様ですから、デザインには困らないのではないでしょうか。
私が子どもの頃は伝書鳩を飼うのがちょっとしたブームでしたが、
最近はTVに頭のいいインコがよく登場します。
鳥は自由に空を飛べるだけでも人間を超えている感じですが、
カラスを例にとっても知能面での発達ぶりも油断できません。
さすが祖先がかつて地球を長く支配した恐竜だけのことはありますね。
さて最初の酉年は1981年です。
この年は県費派遣の内地研修で横浜国立大学大学院教育学研究科に入学した年です。
新設校の平塚市立大住中学校の美術科教員として採用され、
6年間勤務したところで訪れた転機でした。
家内の筋から母校に大学院ができ、現職教員も受け入れているという情報が入り、
教師としての師である学年主任のU先生に相談したところ、
「ぜひ行くべきだ。できてまだ3年目ということは、まだどさくさで入れるかもしれない。
ほとんどの教授陣がそのまま残っている今こそがチャンス!」と言われ、
校長に希望を伝えると「入学試験に合格したら考える。」との答え。
試験は夏休みにありましたが、公務に追われ十分な準備はできず、
特に英語の試験はサッパリでした。
面接試験の時にも恩師の国領先生から「英語はよくなかったね。」と言われる始末。
でもそれに続けて「泉谷君は信用で採るようなものだ。」と笑いながら合格内定を伝えられました。
これこそが「どさくさ」の正体。
4月から学生に戻り通学しましたが、教員から学生への切り替えができたと実感したのは、
前期の授業が終わってからでした。
そして運命的なM先生との出会いがあり、
私の内地研修の2年間は、絵の制作よりも修士論文の作成に集中する期間となったのです。
この年の私の年賀状は『名画シリーズ』の1枚で、
アンリ・ルソーの《蛇使いの女》のパロディです。(写真1)
蛇使いの女には巳年生まれの家内が扮し、私はルソーの自画像に化けています。
全体の素朴な印象は、
当時現場に入った「ファックス」という製版・印刷機を使用した手作りのためです。
久しぶりに見て、このデザインは巳年の方が良かったかもと思います。
何しろ題が《蛇使いの女》ですからね(笑)。
さてこの年に来た年賀状の1枚目は、お馴染みの大住中美術科教員T先生のものです。(写真2)
木版画の技法でカラフルな雄鶏が横向きで表されています。
洒落た感じのデザインではないのですが、温かみがあって、
雄鶏の生命力がストレートに伝わってきます。
2枚目はこちらもお馴染みの日本画家Sさんのものです。(写真3)
シルクスクリーンの技法で孔雀を装飾的に表しています。
カラフルな孔雀を単色で表すなど、いつもながら色のセンスが素晴らしく、
美しいデザインになっています。
3枚目は横浜国大の先輩Wさんのものです。(写真4)
これもシルクスクリーンの技法を使っています。
枝にとまって瞑想するフクロウのシルエットを
白抜きで画面いっぱいに収めているので、迫力があります。
ポイントとなる閉じた目の処理も斬新ですね。
4枚目は大住中卒業生のUさんのものです。(写真5)
Uさんはユーモアやウィットを解する生徒で、
担任をしたことはありませんが、美術の授業ではいつも目に留まる作品を作っていました。
年賀状はケンタッキー・フライド・チキンをモチーフに、
カーネル・サンダースに追われるニワトリの夫婦を面白おかしく描いています。
画面を斜めに傾けて緊張感を出しているところが巧みですね。
5枚目は大住中卒業生のH君のものです。(写真6)
前に紹介しましたが美術部の部長をやっていた人で、前回は『E・T』での登場でした。
今回は同じスピルバーグの『未知との遭遇』です。
この映画には私も衝撃を受けましたが、
H君も一番有名なシーンを取り上げて、スピルバーグへのオマージュを捧げています。
手書きの一枚ものですから、その労力を考えると本当に貴重です。
1993年の酉年は、
第39回一陽展で会員に推挙された年です。
つまり8年間に及ぶ苦難の会友時代を終えたということで、視界が明るくなりました。
合わせてこの年は横浜国大附属中学校での最終年ということで、
3年生の学年主任をやりながら、
岡山大学の公募に応じるため、履歴書や業績書類を整えていました。
思えばこの年の一陽会会員推挙と年末に届いた安井賞展入選の知らせが、
岡山大学での採用の大きな追い風になったことは間違いありません。
私の人生において岡山大学への転進は最大のチャレンジでしたから、
ここでも幸運の神様が微笑んでくれたように思います。
さてこの年の私の年賀状はかなり凝っています。(写真7)
「地と図の反転図形」を応用したアイディアで、
白黒の画面の中に3つの異なるイメージが隠されています。
おそらく多くの方が最初に気付くのは3羽の白い鳩でしょう。
これは平和のシンボルです。
次に気付くのは鳩の背景で向かい合う大きな横顔でしょう。
これは私たち夫婦を表しています。
最後のイメージは3羽の鳩に囲まれた黒い鳥で、くちばしや目の形から猛禽類と分かります。
これは戦争の象徴です。
これらをまとめた題が「闘争本能(鷲)を囲む平和思想(鳩)のトライアングルを見つめる私達」です。
この図は後に改良したヴァージョンが、『中学校美術』の教科書にも載りました。
この年に来た年賀状の1枚目は、大住中学校卒業生のSさんのものです。(写真8)
Sさんは私が新任で赴任した新設校で3年間担任した生徒でした。
それだけ色々な思い出がありますが、
今でも私の絵のファンでいてくれることは嬉しい限りです。
年賀状は雌鶏の豊満な体を画面いっぱいに収めて、
文字を十分に書けるスペースを確保しています。
右側の頭部から胸にかけての造形が充実しているため、
全体的なまとまりがよく出ています。
2枚目は横浜国大附属中学校卒業生のTさんのものです。(写真9)
Tさんは私が附属中に赴任した時の3年生で、1年間だけ美術を教えましたが、
なぜかなついてくれて卒業後も交流が続きました。
おそらくフィーリングが合ったんでしょう。
そんなTさんの年賀状は素朴で、とても温かいデザインです。
タッチを残した背景の処理が絶妙です。
水彩による一枚ものですから貴重ですね。
3枚目は横浜国大の後輩のHさんのものです。(写真10)
Hさんは私が横浜国大附属中にいた時に教育実習にやってきた学生です。
とても気が利く人で、早朝出勤して私の研究室を掃除してくれたりしました。
Hさんの年賀状は木版画の良さを生かして、力強い雄鶏を表現しています。
おそらく後にブレークする伊藤若冲の鶏の絵を下敷きにしたのでしょう。
赤一色でまとめたところがいいですね。
4枚目は常連の大住中学校卒業生のAさんのものです。(写真11)
これも著名な映画スターをモチーフにしていますが、
『カサブランカ』の主演男優ハンフリー・ボガートです。
私もこの映画は見ていて、主演女優のイングリッド・バーグマンの美しさに魅せられたものです。
Aさんはこの男優をけれんみなく真っ向から描いています。
ボガートはAさんの理想の男性像なのかもしれませんね。
次は2005年の酉年です。
この年、私は一陽会の委員に就任しました。
ちょうど12年前が会員推挙の年でしたから、何か運命的な周期性のようなものがあるのでしょうか。
とにかく委員になったことで、発言機会もそれに伴う責任も増しました。
また鑑賞教育の方では現場の美術科教員を対象に、
日本文教出版から研究資料
『琳派鑑賞法-光琳《紅白梅図》屏風を中心に』を刊行することができました。
これによって「琳派」は私の鑑賞教育にとって大きな位置を占めるようになりました。
この年の私の年賀状はちょっと変わっています。(写真12)
干支の動物である鳥の姿はなく、
私の背中に生えている天使の翼と、私が手に持っている羽ペンが暗示しているだけです。
絵を描く私のシルエットが主役で、家内も絵の中に登場しているだけです。
かつてルネサンス期のイタリアに
「天使の画家」と称されたフラ・アンジェリコとう画僧がいましたが、
私もそれを気取っているのでしょうか?
この年に来た年賀状の1枚目は、岡山大学卒業生のSさんのものです。(写真13)
Sさんは小学校課程の学生でしたが、絵が好きで印象に残る卒業制作を残しました。
年賀状にも持ち前の造形力が発揮されています。
これも若冲の鶏の絵の引用と思われますが、鶏をトリミングして収めた構図が迫力を生んでいます。
木版画による表現ですが、羽毛の線の重なりが若冲の絵画の濃密感を彷彿させます。
2枚目は倉敷市在住の絵のファンWさんのものです。(写真14)
シルクスクリーン版画によるもので、
鶏の全身を画面に収めていますが、
装飾的な処理の中に色々なイメージを潜ませた凝ったデザインなのです。
よく見ると鶏のシルエットの中に樹木や家や鶏を抱く人物などが見えてくるでしょう。
3枚目は岡山大学卒業生のWさんのものです。(写真15)
Wさんはデザイン専攻の学生で、いつも明るい笑顔が印象的でした。
年賀状は線描だけで個性的な姿の鳥を表しています。
一筆書きのような線描ですが、
瞑想的な表情から長年生き抜いてきたと思われる老鳥の賢さやしたたかさが伝わってきます。
4枚目は岡山大学の先輩教員のO先生のものです。(写真16)
O先生は日展系の美術団体で活躍している方です。
岡山大学に在職されていた時期に、あるお寺の襖絵の制作をされました。
この年賀状はその時の作品の一部だと思います。
蓮池で周囲を窺う鶴を描いていますが、
生命力豊かな蓮に囲まれて生息する鶴の静かな息遣いが感じられるようです。
5枚目は常連の岡山県美術科教員のH先生のものです。(写真17)
H先生、今回はペンギンと鳶という意外性に富んだ組み合わせで来ました。
空高く舞う鳶と飛べないペンギンの対照に、何か自身の心境を重ねたのでしょうか。
それにしても余計なものが一切ない見事な構図ですね。
2017年の酉年のビッグニュースは、
何と言っても『美の巨人たち』に尾形光琳作《紅白梅図》屏風の構図解説で出演したことです。
いつも見ている番組にまさか自分が出るとは思っていなかったので、
突然の出演依頼は本当にサプライズでした。
しかし、二曲一双屏風の左右を入れ替えてずらすと、
両端にあった白梅と紅梅が繋がって見えるという
私独自の構図解釈を全国に披露できたことは嬉しいことでした。
絵の方では県北にある奈義町現代美術館で私の企画展が開催されました。
美術館での企画展は2度目ですが、
奈義町現代美術館は岡山に来たての頃から注目していた美術館だったので、かなり気合が入りました。
会期中には関東圏や四国、九州方面からの来場者もあり、
4200名を超える方々に「泉谷淑夫の不思議羊ワールド」を堪能していただきました。
秋には国立新美術館から徒歩2分の所にある六本木の湘南台ギャラリーで個展を開きました。
実はこれが私の場合、東京での初個展だったのです。
横浜高島屋をフランチャイズにしていた関係で、
それまでは銀座のギャラリーからのお誘いも断っていたのですが、
湘南台ギャラリーは大学時代の友人がオーナーで、
ちょうどその時一陽会とのタイアップ企画もやっていたので、私も協力することにしたのです。
もうひとつの大きなことは、月刊『美術の窓』の「技法講座」に3ヶ月連続で登場したことです。
代表作の一つ《EMERGENCY》のメイキングを、豊富な画像でかなり詳細に紹介しました。
これで私の絵と名前がかなり全国区になったように思います。
この年の私の年賀状はアイディアも描写も自信作です。(写真18)
山高帽の紳士の顔を鳩が遮っている《山高帽の男》というマグリットの絵のパロディです。
山高帽を被った私たち夫婦の顔の前には、
鳩ならぬ鳩サブレ―とひよ子という鳥をモチーフとした銘菓をそれぞれ配置しました。
そのせいで私たちの顔の前に行く予定だった鳩が戸惑っているという訳です。
見どころは鳩サブレ―とひよ子の質感。
よく出ているでしょう!
この年に来た年賀状の1枚目は岡山大学卒業生のKさんのものです。(写真19)
Kさんは卒業後デザインの仕事をしている関係で、
私の個展のチラシやDM、図録などの制作を一手に引き受けてくれています。
池田20世紀美術館での個展の図録もKさんの手になるものです。
年賀状の方は鶏をモチーフにした吉祥図です。
浮世絵の大首絵のように上半身を大きく収めた主役の背景に梅の花を配し、
何故か金魚が顔を覗かせています。
実はこの金魚はKさんの代名詞で、学部時代には金魚を前面に展開した油絵を描いていたのです。
温かい色彩がKさんの人柄を表しています。
2枚目は横浜国大附属中卒業生のHさんのものです。(写真20)
Hさんはピアノの名手で、合唱コンクールでは伴走者として活躍しました。
周囲に左右されずに自分を貫く芯の強さがありました。
卒業後は私の絵のファンになってくれて、お母さんと共に絵のオーナーでもあります。
年賀状は鶏の頭部を簡略化して表したものですが、強いインパクトがあります。
おそらく目の表情が生き生きしているのと、横顔の角度を少し上に向けていることが理由でしょう。
3枚目は久しぶりに登場の岡山大学先輩教員のN先生のものです。(写真21)
シルクスクリーンの技法を使った相変わらずの完成度の高さで、安心して見ていられます。
雄鶏の力強い鳴き声が聞こえてきそうですね。
「敬頌新禧」という聞きなれない新年の挨拶語を使用している辺りもN先生らしいですね。
4枚目は岡山大学卒業生のKさんのものです。(写真22)
Kさんも常連ですが、今回はKさんの好きなモチーフである本を中心に据えたデザインです。
重厚な本の上にはこれまた貫禄たっぷりな鳩が休んでいます。
背景の劇的な空と言い、全体が舞台演出のようで迫力がありますね。
5枚目はこれも常連の岡山県美術科教員のT君のものです。(写真23)
今回モチーフにした昔話は『鶴の恩返し』で、機織りの秘密を猫の主人に見られてしまった場面です。
明け方を思わせる色彩の効果が素晴らしいですね。
初夢の三つの縁起物がどこにあるか探してみてください。























