文部科学省教育課程課編集の『中等教育資料』令和7年3月号(学事出版発行)に
私のエッセーが巻頭掲載されました。
私の岡山大学院時代の教え子で、岡山県の教育現場や教育委員会で活躍し、
現在は文部科学省の教科調査官をやっている平田朝一氏が
この3月号を担当された縁で私に執筆依頼が来ました。
短い文章量ですが、
絵の制作と美術教育に取り組んできた私の人生がコンパクトに詰まった一遍となっています。
皆様にもぜひ読んでいただきたく、許可を得て掲載する次第です。
中等教育資料 令和7年3月号 教育小景 ESSEY from an Educational Perspective
二兎追流人生
大阪芸術大学客員教授 一陽会運営委員
泉谷淑夫
「二兎追流」とは教員と画家の二足の草鞋を履いてきた私の人生を、昨今流行りの二刀流にかけた造語で、自戒が込められている。
その人生も50年に達すると感慨深いものがある。最初は中学校の美術科教員であった。私は高校時代に受験勉強から落ちこぼれて自信をなくし、改めて自分を見つめた時に美術を再発見し、以来自分を「美術に救われた人間」と自覚して生きてきた。ところが教壇に立ってみると意外にも美術が苦手な子が多く、ショックを受けた私は「美の伝道師」になろうと決意した。美術が苦手な子に少しでも自信を付けさせ、美術の素晴らしさが味わえるようにしてやりたいと思ったのである。それが「美術に救われた人間」としての私なりの恩返しの気持ちであった。そこで目を付けたのが鑑賞教育。描く・作るが苦手でも見る・知るは嫌ではないという子どもたちの傾向が救いとなった。あわせて身近に真剣に絵画制作に取り組んでいる大人がいたらきっと美術に興味が湧くと思い、個展などに子どもたちを積極的に招待した。こうして鑑賞教育と絵画制作という私なりの二兎追流人生が始まったのである。二兎を追うことに危惧を抱く人もいたが、私の場合は相乗効果で、それぞれに活気が生まれ、今日まで続くこととなった。
中学校での19年間の教職経験を経て岡山大学の教員になったのが41歳の時。鑑賞教育と絵画制作の研究に十分な物理的条件が与えられ、私は水を得た魚のように自分の可能性にチャレンジしていった。念願の全国公募のコンクールで好結果が出始め、私の関わった鑑賞用ビデオや鑑賞用テキストが世に出たりするようにもなった。講演会も徐々に増え、私独自の比較鑑賞という方法論が広がるとともに、「羊の画家」という形容も浸透していつた。個展も毎年のように開催し、会場には多くの教え子が訪れてくれるようになった。彼らは私に美術を教わったというだけの縁で来てくれるのである。すでに廃止になったが文科省が推進した教員免許状更新講習も、私にとっては鑑賞教育を広める上で大きな意味をもっていた。私の講座の受講生には小学校や幼稚園教員、保育士なども多く、その人たちが美術に目を開いてくれることは美の伝道師としてはまたとない喜びであった。対話形式の講義のため定員が20名と少なく、受講のハードルは高かったようだが、リピーターも多く、最後の3年間は違う内容の講座を3つも出していた。受講生側の向上心や期待と教える側の意欲と工夫が噛み合えば、充実した研修体験が実現することを実感した。
岡山大学での勤務が終盤に差しかかった頃、嬉しいオファーが広島県安芸高田市の八千代の丘美術館から届いた。私の個展の企画である。美術館での個展開催は、画家ならば誰もが夢見る。私に声をかけてくれたことに感謝し、精一杯期待に応えようと努力した。
するとその会期中に岡山県の奈義町現代美術館から2年後のオファーが舞い込んだ。同館はユニークな外観もあって、全国から旅行者が訪れてくれた。そしてまたこの会期中に2年後のオファーである。今度は日本で最初の現代美術館として知名度のある池田 20世紀美術館。静岡県の伊東市で3か月の間、私の絵が主役を張ったのである。その上、同館の2020年のカレンダーにピカン、ダリ、ミロらと並んで自作が掲載されると知り、気分は高揚した。結局 2015年、17年、19~20年と美術館での私の企画展が続いたのであるが、これは私が計画して実現することではないので、まったく恩寵のように思われた。自分なりの二兎追流人生をここまで誠実に歩んできた姿勢を神様がきっと見ていてくれたのだろうと思えた。というのもこの展覧会の終盤にちょっとした奇跡が起きたからである。なんと最初の公立中学時代の教え子と次の国立大学附属中学時代の教え子、さらには岡山大学時代の教え子が、偶然同じ日の同じ時間帯に池田 20世紀美術館で遭遇したのである。私は彼らとの久しぶりの邂逅を喜ぶと同時に、こんな供然があることにただただ驚くばかりで、二兎追流人生がもたらす幸運に感謝した。
PROFILE
いずみや・よしお
「羊」をモチーフとした文明批評的表現で知られる。小磯良平大賞展優秀賞など受賞多数。
「筒井康隆コレクション」の装幀・装画担当。池田 20世紀美術館等で個展開催。
著書『美との対話・鑑賞への誘い」作品集『羊の惑星』、『美しい驚き」ほか。ホームページあり。