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第6回「画中の風景が発する雰囲気について」

今回は15世紀前半に芽生えた「西洋における風景の発見」という画期的なムーブメントが、その後どのように展開していったのかを見ていきます。

ルネサンスでは宗教画がやはり主流でしたから、風景の魅力に気づいた画家たちも、すぐに風景画を描くというわけにはいかなかったようです。そのあたりのもどかしさが逆に面白いとも言えるし、移行期の絵に魅力があったりもするところが、芸術の奥深いところかもしれません。

そこで今回は、北方ルネサンスがイタリア・ルネサンスに与えた影響の一つとして、15世紀末から16世紀初めのイタリア・ルネサンスの画家たちの風景描写に焦点を当ててみたいと思います。

《荒野の聖フランチェスコ》ジョヴァンニ・ベッリーニ

最初に紹介するのは、ヴェネツィア派のジョヴァンニ・ベッリーニという画家です。日本ではあまり知られていませんが、イタリア・ルネサンスの15世紀と16世紀を結ぶ重要な画家の一人です。実はベッリーニこそが、北方が「発見」した風景の魅力を、イタリアで開花させた画家なのです。

代表作の《荒野の聖フランチェスコ》を見てみましょう。(写真参照↑)

両腕を広げて、神からの聖痕を両手に受けたことに感慨深げな聖人の様子が描かれていますが、画面全体の印象は、風景画としてのまとまりを見せています。私の分類で行くと、この絵は「人物のいる風景」というジャンルに収まります。宗教画というよりは、風景画と言った方がふさわしいのではないでしょうか。

その証拠に背景の風景を部分図で見ると、ベッリーニの関心が風景の方にあったことが伝わってくるような入念な描写が確認できます。(写真参照)

部分図❶《荒野の聖フランチェスコ》ジョヴァンニ・ベッリーニ
荒野の聖フランチェスコ
部分図❷《荒野の聖フランチェスコ》ジョヴァンニ・ベッリーニ

このように絵の主題とは直接的に無関係な部分に精力を注ぎ込むという姿勢が、前回見た北方ルネサンスの画家たちと共通しているのです。

《聖なる寓意》ジョヴァンニ・ベッリーニ

もうひとつの作例《聖なる寓意》では、風景描写から北方的な精硬さが消え、ある種の雰囲気が漂っています。(写真参照)

これは表現上の重要な変化で、やがてジョルジョーネに、そしてレオナルドにも引き継がれていく高度な絵画性なのです。

部分図❶《聖なる寓意》ジョヴァンニ・ベッリーニ
部分図❷《聖なる寓意》ジョヴァンニ・ベッリーニ

柔らかい明暗の調子の変化が生む効果ですが、これを出すのはなかなか難しいのです。
北方の画家ではカンパンよりもヤンに見られた傾向で、同じ窓外の風景でも二人の力量の差が感じられました。
ちなみにこの絵の主題はいまだによくわかっていませんが、「人物のいる風景」として見れば、その素晴らしさはよく伝わってくるので、それでいいのではないかと思います。

ベッリーニの弟子で、16世紀の初めに活躍したジョルジョーネの場合はどうでしょうか。

《羊飼いの礼拝》ジョルジョーネ

初期の《羊飼いの礼拝》を見てみると、前景の聖家族やイエスの誕生を祝福しに来た羊飼いたちの情景と同じくらいのウェートで、背景の風景が描かれています。(写真参照)

部分図《羊飼いの礼拝》ジョルジョーネ

画面全体の印象は、やはり「人物のいる風景」に収まります。

《日没の風景》ジョルジョーネ

そしてジョルジョーネ晩年の《日没の風景》では、より風景のウェートが増し、主題のはずの「聖ゲオルギウスと竜」は、背景の一部と化しています。(写真参照)

部分図《日没の風景》ジョルジョーネ

また手前の二人の人物は怪我をした旅人を治療している場面ですが、決して目立つことはなく、風景画の点景人物となっています。

この絵はイタリアで描かれた最初の風景画ではないかと、私自身は思っています。

そしてこの絵にも、ベッリーニの場合と同じある種の雰囲気が漂っています。それはおそらく精密な光の描写が引き起こすもので、時間の流れや大気の動きを感じさせるのです。

というわけで、今回も最後に私の描いた風景画を一枚紹介します。

《デルフトの記憶》泉谷淑夫

《デルフトの記憶》は2017年の奈義町現代美術館での個展の際に、知人から紹介された近くのレストランで出会った風景を描いたものです。

その日は五月晴れで、水辺に降り注ぐ初夏の日差しがその場所を特別な雰囲気に変えていました。

サイズはサムホールですから、とても小さいのですが、私自身はその場で感じた風景の持つ雰囲気を適確に表せたと自負しています。

題名は、その風景が完成した時に、ふとフェルメールの《デルフトの眺望》という絵を思い出したことに由来しています。この制作で心がけたのは、対象に降り注ぐ光の微細な効果を微妙な色彩の変化で細密に表すことでした。

部分図《デルフトの記憶》泉谷淑夫

風景画って本当に楽しいですよ!

次回は西洋で最初に描かれた純粋な風景画についてお話しします。

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