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第10回「変わった形の額縁・考」

今回から「変わった形の額縁」の話をします。

絵を額縁に入れることに比較的無頓着な画家もいるようですが、私は絵の額縁が好きなので、額縁にはとても気を使います。出来上がった絵を額縁に入れた時、少しでも違和感があると必ず他の額縁を探して、しっくりくるものに替えます。

私の場合「亜土青黒」という、どんな絵にも合う額縁が1種類あるので、基本的にはその額縁に入れます。ただし個展に出す絵のすべてをその額縁にしてしまうと、印象が単調になったり、重くなったりしてしまうので、半分くらいは他の色々な額縁を使います。

その中に必ず入ってくるのが「変わった形の額縁」なのです。

それらの多くは手作りの一品ものだったり、店頭には出ない注文品であったり、外国製のものであったりするので、簡単には入手できない場合も多く、そんなわけで私はそういう類の額縁に出会った時には、極力買うことにしています。

その結果、私のアトリエの一角には収集した額縁がずらりと並ぶこととなり、さながら額縁コレクターの様相です。

しかし、ただ眺めるために集めているわけではないのです。時々それらの額縁を箱から取り出し、アトリエに並べておくと、そこから新しい絵の発想が浮かんだりするのです。

つまり「この額縁に合った絵」というものが生まれるきっかけにもなるのです。

そのような「変わった形の額縁」の中で、一つのジャンルとして確立している額縁を今回は紹介します。

ラファエロの絵と祭壇額

その名は「祭壇額」。

キリスト教の祭壇に飾る絵の額縁という意味です。この額は縦長のものが多いのですが、稀に横長や横並びの二つ窓のものなどもあります。

ヨーロッパでは宗教画が全盛のルネサンス期やバロック期に多く見られ(写真参照)、教会にあるのは大型の立派なものですが、それとは別に個人宅の祭壇画のための小型のものもあります。

私が収集しているのはこの小型のものですが、両側に柱の装飾が付いたものが多く、がっしりとした印象でとても魅力的です。それだけにどんな絵にも合うというわけではありませんが、何故かこの祭壇額が、私の描く羊の小作品と相性が良いのです。

月と羊の絵と祭壇額

特に月と羊を組み合わせた構図のものはしっくりときます。(写真参照)

この祭壇額にはデザインの異なるものが数種類あり、注文することができます。ただし、値段的には亜土青黒に比べると3倍から4倍するので、買う時は少し勇気が要りますが、私の絵の神秘性や象徴性が高められる効果があると分かっているのと、この額に入れた絵はほとんど売れているので、結局は買ってしまいます。私の感覚では、この額が好きな方は結構いるように思います。

そんな祭壇額ですから、大きいものになると相当な値段になりますし、めったにお目にかかることはありません。

ところが、私が時折寄る姫路の画材屋に大きくて古そうな祭壇額が一つだけあったのです。ボッティチェリが描いたと思われる聖母子画の複製画が入っていて、売り物というより店のシンボルのような扱いで、街路に面したショーウィンドウの中にいつも飾られていました。その店に寄る度に「あっ、今日もあるな!」と確認して安心したものです。

そしてある日その祭壇額に値段が付いていることに気付いたのです。「あれ、売ってるの?」と思って値札を見ると、何と120万円といういい値が付いていました。「まあ、風格からそれくらいはするか」と心の中で思いながら、その場はやり過ごしました。

しかし売り物であると分かると、ほしくなるのが人情というもの。だんだん買いたいという気持ちが募ってきて、駄目元という気持ちで、ある時妻に相談してみました。

いくら立派な祭壇額とはいえ、値段が値段ですからね。すると「定年退職の時のお祝いに買ってあげようか?」という望外の返事が返ってきたのです。定年退職までは後1年半という頃でした。

「まあ特別なタイミングだから、ちょっと高いけど、それもありかな」と思いつつ、値段的には100万円くらいまではまけてもらいたいなという気持ちで、一応店の人に将来買う意思があることだけを伝えておきました。
店の人は少し驚いた感じでしたが、それまでも小さいながらなかなかの値段の変わった形の額縁を、私がその店で何度か買っていたことを知っているので、納得したようにも見えました。

それからしばらくして定年退職が近づいた頃、妻と二人でその画材屋を訪ねました。今度は本格的な値段の交渉です。

私自身は本当に買うとなると大きな買い物なので、少しでも安くと願い、「それでどれくらいになりますか?」と思いきって尋ねました。すると意外にも「半額に消費税でどうですか?」という答えが返ってきたのです。私は妻と顔を見合せた後、「交渉成立!それでお願いします。」と言って、その額縁を買うことにしたのです。古い額なので表面をきれいにしてもらい、中に入れるキャンバスも作ってもらうことにしました。

定年退職祝いの祭壇額と

その祭壇額が我が家に届いた時の喜びはひとしおでした。何か「宝物」を手に入れたような気持でした。(写真参照:私が持っているのはサムホール・サイズの祭壇額)

まだ中に納める絵は描いていませんが、地塗りまでは済んでいます。いつ描くのか、どんな絵が生まれるのか、私にも予測が付きませんが、いつも以上にわくわくした気持ちでいます。皆さんにその絵を入れた祭壇額をいつか見ていただきたいものです。

ところでこの買い物、皆さんはどう思われましたか。

高かったですか?安かったですか?

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