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第20回「展覧会のポスター②」

前回に続いて展覧会ポスターの話をします。

今回紹介する三つ目のタイプは、作品の一部をトリミングして取り込み、迫力を出して強い訴求効果をねらうものです。
このタイプのポスターの魅力はディテール鑑賞にありますから、描写の密度の高い写実絵画にはぴったりです。
もちろんポスターに取り込む作品は有名な方が効果的です。

まずは西洋の古典絵画を扱った3点から。

ボッティチェリ、レオナルド、ラファエロと言えばイタリア・ルネサンスの三大巨匠。

彼らの作品はめったなことでは来日しませんし、展覧会があること自体が珍しいので、そのポスターの資料的価値は高くなります。
しかも描写力に優れた画家ばかりですから、部分図だけでも十分に存在感があります。(写真1~3)

写真1 ボッティチェリ
写真2 レオナルド
写真3 ラファエロ

3枚とも文字とのバランスもよく、巨匠にふさわしい格調高いポスターになっています。
この中でラファエロの聖母子画は代表作の一つなので、皆さんもどこかで出会っているかもしれません。
ボッティチェリとレオナルドのものは代表作ではありませんが、作品としての魅力は十分です。

写真4 カラヴァッジョ
写真5 バルテュス

彼らの後に世に出てバロック絵画の扉を開けたカラヴァッジョのポスターも、初期の代表作をトリミングして、魅力的な籠の静物を強調しています。(写真4)
また、ルネサンス絵画の人物表現と比べると、生々しい現実感が強まっています。
この生々しい現実感はバロック絵画の特徴ですが、現代作家では例えばバルテュスの場合にも見られます。(写真5)
現代作家の中でも古典的な一面を強く匂わせるバルテュスですから、カラヴァッジョと並べても違和感がありません。

このように人物中心の絵をトリミングする場合は、その人物に焦点を当てればいいのですが、中心になる人物がいない場合は、選んだ作品のどこをトリミングするかで、デザイナーのセンスが問われます。

例えばエッシャーのような作品で、この場合は無限階段の部分に焦点を当ててトリミングしています。(写真6)

写真6 エッシャー

ポスターの下部に集められた文字情報のデザインも、絵の雰囲気によく合っています。

日本画の場合も見てみましょう。

名作の一部をトリミングして使った例です。
それぞれ彦根屏風、宗達の《風神・雷神図》、北斎の《神奈川沖浪裏》が原図ですから、まずはずれはありません。(写真7~9)

写真7 彦根屏風
写真8 琳派展
写真9 北斎展

この中で作者不詳の彦根屏風のものは、オーソドックスな取り込み方なので静的な印象ですが、宗達と北斎の場合は大胆でインパクトが強く、動的です。
どちらも日本美術にもかかわらず、展覧会名を横文字で表記しているのは、外国人鑑賞者を意識してのものでしょう。

ここまで有名な作品を取り込んだ作例ばかり見てきましたが、無名でもデザイナーのセンスで印象的なポスターが生まれるケースもあります。

一つ目は日本美術を総合的に紹介する内容なので、トリミングした屏風絵で日本美術のイメージを表し、中央に「四季繚乱」という素敵なネーミングのタイトルを被せています。両サイドの装飾も洒落ていて、ポスターとしての独自の魅力を放っています。(写真10)

写真10 四季繚乱

二つ目は近代日本画を扱ったもので、岡山市にある林原美術館が開催した展覧会のものです。

展覧会名は「忘却」。夏衣装をまとった美人が小舟の上で物憂げにしています。(写真11)

写真11 忘却

この絵の作者を私は知りませんが、このポスターには一目で惚れました。
トリミングも文字の配置も絶妙で、絵の余白の色調がまた「忘却」という言葉の印象とよく合っています。
「四季繚乱」といい、この「忘却」といい、無名をカヴァーする言葉のセンスが光っています。

次は作品の一部を取り上げるタイプの変化形で、人物などをキャラクター化して使用する例です。

写真12 かぶく美の世界
写真13 かぶく美・部分

一つ目は出雲阿国(いずものおくに)、歌舞伎芝居の創始者です。

傾奇者(かぶきもの)に扮した阿国を切り取り、背景を黒くつぶしているので、暗い舞台でスポットライトを浴びたように印象が際立っています。(写真12)
面白いのは画面の左上に、彦根屏風の登場人物たちを切り抜いて載せているところ。(写真13)
デザイナーはこちらも捨て難いと思ったのでしょうか。
実を言うと私は彦根屏風の人物の方が「キャラが立っている」と思うので、そちらの傾奇者(右側の人物)を使ってほしかったところです。

同じ歌舞伎つながりでもう一枚。

写真14 浮世絵の美
写真15 金と銀

こちらは歌舞伎の世界から女性が追放されて、男だけの世界になった江戸時代後期の歌舞伎です。(写真14)
絵の作者は歌川豊国で、キャラクター化されているのは役者の中村仲蔵。(この役者は写楽の有名な絵では大谷鬼次として登場している。)
彼のこのポーズは、全身で極限の緊張状態をよく表しています。

次は宗達ではなく、光琳の《風神・雷神図》から取った風神をキャラクターとして使ったもの。(写真15)余白を生かした大胆な構成が目を引きます。右下に相棒の雷神を小さく入れているところがミソ。

次の例は人物ではありませんが、あまりにも語られることが多く、一種のキャラクターと化しているものです。(写真16)

写真16 デュシャン

それはデュシャンの便器です。

私は《泉》と命名されたあの作品をどう解釈し消化するかが、美術鑑賞における“リトマス試験紙”だと思っています。お手上げなら前衛美術の領域には入っていけないでしょう。
デザイナーは便器を無数に重ねることで、その強迫性と「デュシャンの迷宮」を表現したのかもしれません。

このタイプの締めはミュシャです。
ミュシャ展は近年でも数多く開かれるので珍しくはないのですが、このポスターは、ミュシャが生み出した典型的な女性像をキャラクターとして使っている点がユニークです。(写真17~19)

写真17 ミュシャ
写真18 ミュシャ部分
写真19 ミュシャ部分3

大きく扱われているのは《シャンプノワ印刷所》の女性ですが、よく見ると周囲に《JOB》や《桜草》や《羽根》の女性たちがちりばめられています。
この趣向で華やかさと密度が増し、印象的なポスターになっています。

ここまで色々な展覧会ポスターを紹介してきましたが、最後に見せるのは、以前「世界卓球選手権」や「いきいき富山」の例を出した「組ポスター」です。
これは展覧会ポスターでも極めて珍しいものです。

私が持っているのは2種類で、それぞれミュシャとピカソのものです。

ミュシャのものは装飾パネルの『四つの花』の内、《バラ》と《アイリス》、《カーネーション》と《ユリ》を組み合わせています。(写真20、21)

写真20 ミュシャ4つの花A
写真21 ミュシャ4つの花B

2枚とも全図をきちんと納めているので、これらのポスターを使っての鑑賞も可能です。

ピカソのものは展覧会名が『ピカソ・子ともの世界』ですから、出品作の中でも特に人気の高い2点を選んで作成しています。(写真22,23)

写真22 ピカソA
写真23 ピカソB

私はこの展覧会を見に行った時、国立西洋美術館のエントランスの両側に、これらのポスターがずらっと張られているのを見て、感動した記憶があります。
このポスターをどこかで見て、会場に足を運んだ人も多かったのではないでしょうか。
それくらい絵のモデルとなったポール君は愛らしいのです!

皆さんいかがでしたでしょうか。ポスターの話はこれで終わりです。出てきたポスターの大半は私のコレクションでしたが、我ながら自身の収集欲に呆れてしまいます。

でも誰かが集めなければ消え去り、忘れられてしまうのがポスターなのです。

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