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第65回「年賀状デザインのギャラリー 〜半世紀の軌跡と思い出〜 その9・申年」

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お盆を過ぎても相変わらずの猛暑ですね。皆さんはどんなお盆休みを過ごされましたか。

私は前期の授業のレポート提出締め切りが8月6日でしたので、
その後の10日間は採点と成績付けに追われていました。
何しろ受講生が『絵画概論』は180名、『美術特論』は40名いますから、
レポートを読むだけでも大変です。
それが終わるともう『美術の散歩道』の原稿を書く時期でした。

「年賀状デザイン半世紀の軌跡」のシリーズも三分の二を過ぎました。
早いものです。ということは12月に予定されている「巳年」のデザインを
11月中旬までには決めておかないといけないわけですが、
何と先日新幹線の車中でアイディアが生まれたのです!
まだ決定という訳ではないのですが、かなり有力候補です。
これでだいぶ気持ちが楽になりました。

という訳で今回の「申年」に行きます。
干支の動物は猿ですが、
ニホンザル以外にもゴリラ、チンパンジー、オランウータンと種類も豊富で
たくさんのキャラクターが存在しますから、ネタには困らないはず。
『西遊記』の「孫悟空」や日光東照宮の「見ざる聞かざる言わざる」の三猿は昔から有名ですし、
B級映画の傑作に『猿の惑星』というシリーズもあります。
これが私は大好きで、第1作の自由の女神のラストシーンは長い間私の創作に影響を与え続けています。

そういえば今話題のアーティスト、バンクシーにも《猿の議会》という超大作がありますね。
これは通常のスプレーアートではなく、油彩によるリアルな手描き作品ですから貴重です。
ちなみにこの作品は13億円で落札されています。

最初の申年は1980年です。

この年は私の大住中時代の5年目から6年目にかけての時期で、5年目は最もハードな勤務状況でした。
何しろ週32時間の授業枠の中の30時間を担当していたのですから。
授業では一人で700人の生徒を教え、空き時間はたったの2時間でした。
これには今の先生方も驚くのではないでしょうか。

そんな過酷な勤務の末、年度末の春休みにはロータリー財団主催の『韓国文化研修旅行』に参加。
案の定どっと疲れが出て、スタートのソウルで早々とダウン。
高熱が出て寝込んだ後、熱が下がり、その時に食べた卵がゆの美味しさは今でもよく覚えています。
それで元気が戻ってきました。
帰国したら新年度が始まり、休む間もなく修学旅行。
幸い持ち上げたクラスの経営が上手く行っていた頃で、生徒の自主性に任せられたのが救いでした。
このクラスでこの年の三大行事、陸上記録会、運動会、合唱コンクールのすべてを制覇!
「Cat & Mice」と名付けたこのクラスの子たちは今でも私の教育・制作活動を応援してくれています。

そしてこの年の最大の出来事と言えば、何と言っても新居の完成です。
当時28歳の私にとっては思いもよらなかった展開でしたが、
夫婦で大借金をして何とか実現にこぎ着けました。
夏の夜、二人で建築現場に出かけ、
できたばかりの階段を昇って2階で夜空を眺めた時の感激は、今でも忘れません。
小さな家でしたが、自分で設計して8畳間の書斎兼アトリエと
家内のグランドピアノを置く11畳の居間を作れたことは大きな喜びでした。

この年の私の年賀状は『名画シリーズ』の1枚で、
スーラの《グランドジャッド島の日曜日の午後》からの引用です。(写真1)

写真1 1980年

画中の二人に私たちが化けています。
お尻が異常に膨らんだスカートは当時の流行でした。
連れているサルが「よい正月でござるか?」と駄洒落を言っています。
この賀状デザインは家内のお気に入りで、女性はやはり美しく描いてもらいたいようです(笑)。

この年に来た年賀状の1枚目は大住中在校生のMさんのものです。(写真2)

写真2 大住中在校生Mさん

可愛い子ザルが単純化されて画面いっぱいに描かれています。
体も正面向きでシンプルですが、小さな目を中心から少しずらしたところがポイントです。
これで感情的な動きが生まれています。
作者のMさんは屈託のない明るい生徒で、
コメントに「お姉ちゃんとくらべないで先生!」と書かれていますが、
お姉さんが優秀だっただけに、私もつい期待してしまったんでしょうね。

2枚目は大住中学校卒業生で美術部員だった常連のAさんのものです。(写真3)

写真3 大住中卒業生Aさん

これも単純化された子ザルの絵ですが、枝にぶら下がっているので動きが感じられます。
Aさんは動物を単純化して表すのが得意ですから、この絵でもほのぼの感がよく出ています。
私には出せない味です。

3枚目は横浜国大同期生のA君のものです。(写真4)

写真4 横浜国大同期生A君

A君はユーモアセンスがあります。この年の賀状はサル文字で勝負してきました。
西城秀樹の「YMCA」よろしくサルが体の動きで「A HAPPY NEW YEAR」を踊っています。
サルの変化に富んだ表情がいいですね。
コメントに「今年は県展おっこったー」とありますが、
A君も油絵をやっていたので難関の神奈川県展に挑戦してたんですね。

4枚目は大住中学校在校生のK君のものです。(写真5)

写真5 大住中在校生K君

K君は当時美術部の部長でした。
彼はマンガが上手かったので、この賀状でもモンキーパンチの『ルパン3世』を描いています。
カップうどんの「赤いきつね」を食べる前の場面です。
一緒に待っているサルの表情がいいですね。

5枚目は常連の日本画家Hさんのものです(写真6)。

写真6 日本画家Hさん

シルクスクリーンの技法で花飾りを頭にまとった少女の横顔を表しています。
いつもながら作品としての完成度が高く、見惚れてしまいます。
春の訪れを予感させるパステルカラーの色調が美しいですね。

1992年の申年は文部省の海外教育事情等視察があり、ヨーロッパとアメリカへ4週間の旅に出ました。
当時私は横浜国大附属中学校で2年の学年主任をやっていました。
また開隆堂『中学校美術』の著者として教科書作りに携わっていました。
そんな関係で忙しい2学期に4週間も現場から離れるためにはそれなりの準備とやりくりが必要でした。
授業の手当ては何とかなりましたが、
一番無理したのは教科書の指導書の原稿を出発までに書き上げたことです。
その疲れが訪問先のナポリで出てダウンしてしまいました。
12年前の韓国旅行の時と同じパターンです。
結局ナポリと次のブリュージュの観光は断念しましたが、
ブリュッセルのホテルで待機していた時に猛烈にお腹が空き、
ルームサービスで頼んだライスを食べてぐっすり眠ったら元気になりました。
体調が回復した後に訪れたルクセンブルグはとても美しく賢い国で、
この旅行の一番の思い出の地になりました。
後半のアメリカ訪問が楽しく過ごせたことは言うまでもありません。

もう一つ、この年の思い出は開隆堂から
『鑑賞教育の実践-見る喜び・知る楽しさ』を上梓したことです。
私の鑑賞教育のエキスが詰まったこの冊子は現場の教員向けに作ったもので、
鑑賞教育が今ほど注目されていなかった当時としては、画期的な内容だと自負しています。

この年の私の年賀状は謎かけのようなデザインです。(写真7)

写真7 1992年

吹き出しを番号順に読めば、
「猿も木から落ちる」の絵解きであることが分かるでしょう。
地面に落ちたサルをシンメトリーのシルエットで表し、
しっぽをクエスチョン・マークにしたところがミソです。

この年に来た年賀状の1枚目は久しぶりの登場となる一陽会版画部のOさんのものです。(写真8)

写真8 一陽会版画部のOさん

いつもはエッチングでしたが、この作はコメントにもあるように木口木版によるものです。
板目と違って木口は固いので彫るのは大変ですが、シャープな線が出ます。
この作でもサルの硬そうな体毛がよく表現されています。
その強い線がこの作品に力強さと生命感を与えています。

2枚目は横浜国大附属中卒業生のKさんのものです。(写真9)。

写真9 横浜国大附属中卒業生Kさん

Kさんは美術部員でユニークな言動が印象に残っています。
年賀状は和紙を使った貼り絵で、春の訪れの気配を花模様で表し、
その前にサルの頭部をシルエットで配しています。
パステル調の色彩が春の雰囲気を醸し出していますね。

3枚目は大住中学校卒業生のM君のものです。(写真10)

写真10 大住中卒業生M君

M君は美術部員でしたが、明るく人懐こい性格で仲間から愛されていました。
年賀状にもM君らしさがよく出ています。
荒海で大きな鯛を捕獲したサルの喜びを木版画で伸び伸びと表しています。
見ているだけで元気が出てくるデザインです。

4枚目は横浜国大附属中卒業生のK君のものです。(写真11)

写真11 横浜国大附属中卒業生K君

マイペースな美術部員だったK君はとにかくマンガを描くのが好きな生徒で、
この賀状でもキャラクター化したサルが落語をしているところを得意のマンガで描いています。
気合がかなり入っていることが伝わってきますね。

5枚目は横浜国大附属中卒業生のSさんのものです。(写真12)

写真12 横浜国大附属中卒業生Sさん

Sさんは3年時の1年間だけ教えましたが、美術部員でおっとりした温和な性格の生徒でした。
しかし年賀状ではユーモラスな一面も見せています。
ダリの《記憶の固執》のパロディですが、
柔らかい時計をサルの顔に、懐中時計を正月のお供えに変えています。
目立ちませんが、枝からサルの好物のバナナがぶら下がっているところが笑えます。

2004年の申年はあまり大きな出来事はありませんでした。
強いて言えば岡山市のアートガーデンという画廊での初個展があったことくらいです。
岡山での個展は1998年の倉敷市立美術館が最初で、次が2002年の倉敷ギャラリーKが2度目。
その頃岡山の美術界に新しい風を起こそうとしていたN女史が
アートガーデンというギャラリーを開設し、そこでの展示に私を誘ってくれたのです。
しかし残念なことに私の個展を見ることなくN女史は若くしてこの世を去られました。
アートガーデンはその後N女子の親友のOさんが引き継ぎましたが、
2013年の3回目の私の個展の後、しばらくして閉館してしまいました。
新しい風を起こすことも大変ですが、それを長く続けることはもっと難しいようです。

 この年の私の年賀状は、自分的には結構気に入っています。(写真13)

写真13 2004年

何かの入場待ちをしている時に、
時間つぶしに読書をしていた家内が私と間違えてゴリラの背中を叩いてしまったという落ちです。
キャッチコピーの「ゴリ、夢中」は「五里霧中」にかけています。
背中を叩かれたゴリラが食べかけのバナナをのどに詰まらせているところがリアルでしょう(笑)

この年に来た年賀状の1枚目は、常連の岡山大学在学生のSさんのものです。(写真14)

写真14 岡山大学卒業生のSさん

貫禄のあるサルを木版画で表していますが、彫刻家・高村光雲の代表作《老猿》がモデルでしょう。
木版によるタッチが木彫の質感を出しています。
Sさんはとにかく絵を描くのが好きな学生でしたが、
彫刻の名作を持ち出すあたり、勉強もしっかりしていたようです。

2枚目はこれも常連の大住中学校卒業生のEさんのものです。(写真15)

写真15 大住中卒業生のEさん

Eさんは美術部で活躍した生徒で、その頃からセンスの良さが光っていました。
この作品でも必要最低限のシンプルな線で躍動感のあるサルの一瞬の姿を見事に捉えています。
シンプルな表現が軽快感を生む好例です。
お尻にさした赤が効いていますね。

3枚目は横国大の先輩で美術科教員のM先生のものです。(写真16)

写真16 横浜国大先輩のM先生

M先生には前年の横浜髙島屋での個展を偶然見ていただいたのがきっかけで、
久しぶりに親交が復活しました。
賀状は冬の寒い日に天然温泉につかる一匹のサルを描いています。
星空が冷たい空気感を醸し出し、湯に体を沈めて気持ちよさそうなサルの表情が印象的です。
視点を低くしてサルを横向きに収めた構図がいいですね。

4枚目は常連の岡山大学在学生のKさんのものです。(写真17)

写真17 岡山大学在学生のKさん

紅梅と白梅で構成された祝祭空間の右下に親子と思われる2匹のサルがいます。
黒い親サルが白い子ザルを抱いています。
構成といい色遣いといい全体的に不思議な雰囲気が漂う芸術性の高い表現になっています。

5枚目は一陽会神奈川支部のMさんのものです。(写真18)

写真18 一陽会神奈川支部のMさん

私の一陽会でのスタートは神奈川支部からですので、そんな縁で今も親しくさせていただいています。
年賀状は「見ざる聞かざる言わざる」の内の「聞かざる」「見ざる」を使ったデザインですが、
絵は「よく聞くぞ」「よく見るぞ」と言っているようです。
サルの顔を半分ずつで構成したアイディアが新鮮な印象とインパクトを生んでいます。

2016年の申年は色々と重要なことがありました。

まずはこの年から岡山大学との兼務で大阪芸術大学の客員教授になったことです。
大阪芸大では火曜日に3コマを担当することになった関係で、
岡大の授業が他の曜日に入ることになり、月から金の5日間フル稼働となりました。
定年前の2年間をそんなにハードにする必要はないのですが、
行きがかり上引き受けてしまったわけです。
何しろ大阪芸大へは片道3時間超の通勤時間ですからね。
元気だったということでしょう(笑)。

この忙しさの中、30回目の記念個展を横浜髙島屋で開催し、
それに合わせて3冊目の作品集『美しい驚き』を上梓しました。
自分の画業人生において作品集を3度も出せるとは思っていなかったので、とても嬉しい出来事でした。

鑑賞教育の方では岡山ふれあいセンターで『絵本の魅力再発見』と題した講演会を年末にやりました。
対象は子育て中のお母さん方で、予想に反して130名もの聴衆が集まり、大変盛り上がりました。
仕掛け人は以前に私の『美術鑑賞入門』という一般教養の授業を聴講した年配の方で、
その授業が面白かったので私を招聘したという訳です。

この年の私の年賀状は後姿のオンパレードです。(写真19)

写真19 2016年

前年の干支の動物・羊が役目を終えて花道から去っていきます。
それを今年のサルがバナナを振って見送っています。
その後ろで私たちも羊を見送っています。
私たちのシルエットはかなりリアルでしょう。

この年に来た年賀状の1枚目は常連の岡山大学附属学校教員のY先生のものです。(写真20)。

写真20 岡山大学附属学校教員Y先生

今回も木版画による力作です。
何か手に持っているサルを表現していますが、
顔の表情からも手に持っているものへの並々ならぬ執着が見て取れます。
彫刻刀の彫り跡も効果的です。

2枚目は岡山大学卒業生のMさんのものです。(写真21)

写真21 岡山大学卒業生Mさん

数あるサルの中でもとりわけ珍しいデザインのサルを描いてくれました。
これはマダカスカル島に生息している縞々尻尾のワオキツネザルですね。
白黒の縞模様の尻尾と赤と黄の市松模様の床が強い対照を見せ、一服の絵としても見られる完成度です。

3枚目はすっかりお馴染みの岡山県美術科教員のT君のものです。(写真22)

写真22 岡山県美術科教員T君

「見ざる聞かざる言わざる」の三猿が木の枝にとまり、
一番手前には飼いネコが「俺も忘れてくれるな」と言わんばかりに座っています。
いつもながら色彩が美しいですね。

4枚目は姫路の気球乗りKさんのものです。(写真23)

写真23 姫路の気球乗りKさん

Kさんも珍しいサルを描いています。
こちらはメガネザルですね。
メガネザルに眼鏡をかけさせると何か思いついたのでしょうか。
頭の上で電球が光っています。
全体的に渋めの色調で、品よくまとめています。

最後はこの人に締めてもらいましょう!
常連中の常連、年賀状職人とも言うべき岡山県美術科教員のH先生です。(写真24)

写真24 岡山県美術科教員H先生

今回は遠景にエッフェル塔の見える風景が配され、空にはニホンザルの大きな顔が浮かんでいます。
メッセージが何なのかは分かりませんが、サルの表情からは真剣な雰囲気が伝わってきます。
素晴らしい描写力ですね。

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