第66回「年賀状デザインのギャラリー 〜半世紀の軌跡と思い出〜 その10・未年」
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記録的猛暑に見舞われた9月が終わりました。
以前は9月には9月らしい気候がちゃんとあって、
高くなった青空の下で運動会の練習に励んだものです。
暑さはそれなりに残っていましたが吹く風も心地良く、
夏の終わりとともに少し寂しさも感じる季節でした。
それが最近は9月の後半でも猛暑日が当たり前なのですから、何をかいわんやです。
しかしこの異変も我々人間の文明生活が招いたものなので、自業自得と受け入れるしかないのでしょう。
さて「年賀状デザイン半世紀の軌跡」のシリーズも、いよいよあと3回を残すのみとなりました。
そして今回はいよいよ未年です。
干支の動物は羊ですから、「羊の画家」を自称している私としては外すわけには行きません。
と言っても勘違いしないでください。
私は辰年生まれです。
羊ばかり描いているのでしばしば誤解されます。
それからキリスト教徒でもありません。
羊は英語ではSHEEP、そして複数形はありません。
羊は集団でいるのが常態だからです。
私もそんな羊の集団性に目を付けて絵に描いているのです。
そんなわけで羊には個としての突出したキャラクターは少ないように思います。
イメージとしては穏やかでのんびりしている、
従順で臆病、大草原で草を食んでいる、
全身羊毛で被われているといったところでしょうか。
名画の世界ではミレーの《羊飼いの少女》が有名ですね。
最初の申年は1979年です。
この年は絵の方では特筆することはありませんでしたが、
教員人生の上では大きな転機がありました。
前半は2年時から担任したクラスの経営が上手くいかず悩んでいました。
しかし10月から始めた班活動が徐々に効果を発揮しだし、
年末にはそれまでとは違うクラスの姿が見られるようになりました。
前半は前のクラスの友人関係を引きずっていた生徒たちが、
新しい班編成の元知り合った友と色々な班活動をするうちに気心が知れ、
クラスとしての仲間意識が芽生えたのです。
班活動というのは班を作っただけでは意味がなく、
具体的な活動を通して初めてその意義が生まれます。
私の実践した班活動は、
班ごとの学級通信作り、
授業中の座席、
清掃分担、
班ごとの壁面装飾、
班ノート、
班対抗レクレーションなどで、
昼食時と放課後以外はすべて班単位での活動でした。
半年後「班活動の継続」についてアンケート調査をしたところ、
クラスの3分の2が継続を希望しました。
半年前までは活気のなかったクラスから何人もの人気者が生まれ、
自分の居場所を見つけて輝きだした生徒が目立つようになりました。
このクラスが3年時には当時大住中の三大行事(陸上記録会、運動会、合唱コンクール)の
すべてを制覇した「Cat & Mice」です。
この成功体験は翌年の6年次研修で発表しましたが、
人間集団というものはやり方によっては劇的に変化することを私に学ばせました。
以後のクラス経営や横浜国大附属横浜中学校での学年経営、
岡山大学附属幼稚園での園経営の原点がここにあります。
この年の私の年賀状は『名画シリーズ』の最初の作品で、
ミレーの《晩鐘》の二人の人物と《羊飼いの少女》の背景の羊群を組み合わせたものです。(写真1)
私たちは祈りを捧げる農夫婦に成りすましています。
ちなみに私の絵に羊が登場するのは7年後のことです。
全体の拙い印象は当時流行っていたプリントゴッコで制作したためです。
印刷が思うようにいかず、苦労した思い出があります。
この年に来た年賀状の1枚目は大住中在学生のAさんのものです。(写真2)
Aさんは聡明なしっかり者で、担任したことはありませんでしたが、
美術が好きで授業ではいつも素晴らしい作品を創っていました。
年賀状は中学生らしい素朴な味わいのほのぼのとした版画作品です。
背景の青と羊の顔のピンクがとてもきれいですね。
2枚目は大住中卒業生のW君のものです。(写真3)
W君は授業で教えただけの関係ですが、
冷静で理解力が高く美術的な能力にも恵まれていました。
この年賀状でも洗練されたセンスが光っています。
白黒という制約の中で女性と羊の横顔を重ねて、
印象的な画像を創り出しています。
卒業後は縁遠くなりましたが、
美術とどんな付き合い方をしているのか知りたい一人です。
3枚目は江南高校時代の後輩のY君のものです。(写真4)
Y君は美術部員でしたが、人懐こく部長だった私を慕ってくれました。
年賀状は歌舞伎の助六の顔をアップで捉えた迫力ある一枚です。
グレー調の線表現の上に施した淡い彩色が効いていますね。
4枚目は彫刻家のT先生のものです。(写真5)
T先生とは当時厚木美術協会で一緒に活動していました。
一陽会での再会はもう少し先です。
年賀状はおそらくお子さんをモチーフにしたデザインだと思われます。
背景の2本の木はT先生と奥様でしょう。
先生の温厚な人柄を感じさせる抒情味がある作品なので、しばらく眺めていたくなりますね。
1991年の未年は
絵の方では横浜の彩林画廊で個展を開きましたが、
一陽会の方は会友時代で、
スランプは脱しかけていたものの光明はまだ差し込んでは来ませんでした。
一方教員生活の方は横浜国大附属横浜中学校の7年目で、
研究主任として全国発表を成功させることができました。
前年度の終わりに校長からの突然の指名で研究主任になったものの、
6月の研究発表会までは時間もなく、当日を慌ただしく迎えました。
当日は終日、会の運営を仕切り、
午前には美術科の主任として研究授業と美術部会での発表をやり、
午後には研究主任として全体会の発表をこなしたのですから、
まさに八面六臂の活躍と言えるでしょう。
それをしっかりと見てくれていた校長(横浜国大の教授と兼任)が
後に私を大学教員の道に誘ってくれたのですから、
やはり頑張り時というのはあるのだと思います。
校長の I 先生とはなぜか気が合い、
2年後私が岡山大学に赴任したと同時に I 先生も某有名私学の学部長に栄転されました。
I 先生からは色々なことを教わりましたが、
研究主任時代に国語が専門領域の I 先生から、
学術論文の書き方の初歩を教わることができたのは幸運でした。
この年の私の年賀状はかなり気合が入っています。(写真6)
会話をしている私たちが共通に思い浮かべている吹き出しの中で、
オットセーが球を操る演技をしながら何か言っています。
謎に満ちた図柄です。
ヒントは私たちの会話の中の「逆立ちしてでも動物の言葉を理解しなくちゃ」です。
そこで年賀状を逆さにしてみると、オットセーは黒い頭の羊の頭部に、
もこもこした吹き出しの輪郭は毛で覆われた羊の体に、
さらに意味不明だった文字は新年の挨拶に変わるのです。
この仕掛けには早く気付く人となかなか気づかない人がいて、
遅い人は3月になってわざわざ気付いたことの喜びをハガキで送ってくれたケースもありました。
この年に来た年賀状の1枚目は横浜国大附属中の卒業生のMさんのものです。(写真7)
Mさんは教えたのは1年間だけですが、美術部員でしたので気心は知れています。
温厚な性格で安心して見ていられる生徒でした。
年賀状は4匹の羊を交互に向きを変えて重ねた構図の木版画です。
羊の群れる性質と穏やかな性格がよく出ている絵です。
体の色の変化を工夫しているところがいいですね。
2枚目は横浜国大附属中の教育実習生O君のものです。(写真8)
O君は知的好奇心が強く、私という人間にも興味を持ったようで、
実習期間中も色々な話をしました。
特に美術や教育に関する私の知識体系に触れようとする姿勢が印象的でした。
年賀状にもそんなO君らしさが出ているように思えます。
羊の絵が描かれているページが開かれていますが、
次のページには猿が顔を覗かせているところから、干支の動物を集めた本なのでしょう。
さらさらっと描いたような軽妙さが新鮮ですね。
3枚目は常連の大住中卒業生のMさんのものです。(写真9)
寡黙な美術部員だったMさんは今回、
心地よさそうに眠る羊を木版画で装飾的に表しています。
夜の帳のような背景のグレーの処理が魅力的で、
特に摺りのかすれがいい味を出しています。
4枚目は同じく大住中卒業生のSさんのものです。(写真10)
Sさんは教員になって最初に3年間続けて担任した生徒の一人で、
その後長年に渡ってお付き合いのある方です。
年賀状は毛に被われた羊の群れをユーモラスに表現しています。
羊の巻いた角が強調されていて、見ていると目が回る感じがします。
空に浮かぶ雲も含め、どこか幻想的な雰囲気が漂っているところも魅力です。
5枚目はこれも常連の大住中卒業生のAさんのものです。(写真11)
中学生の頃からAさんの美術的センスは光っていましたが、
卒業後毎年送られてくる年賀状でも片鱗が見られるのが嬉しいですね。
今回は羊の顔を寄せ集めてシュールな空間を創っています。
虚ろにも見える羊の目がちょっと怖いですね。
中央のウールマークが画面を引き締めています。
2003年の未年は、
絵の方では横浜髙島屋での4回目の個展(通算で17回目)がありました。
最初の3回は狭いB画廊での開催でしたが、
来場者が多いということでこの回からは広いA画廊での開催となり、
以後はずっとA画廊が私のフランチャイズ・スペースとなりました。
恩師の国領先生がこの会場でよく個展をやっていたこともあり、
私はこの会場が気に入っていて、
この頃は2年ごとにこの会場で個展をやっていたので、
ここに来ると何故か落ち着いたものです。
横浜駅の西口にあって交通のアクセスも良いので、
東京や千葉からの来場者も多く、
たくさんの教え子や保護者の方たちに定期的に会える貴重な機会でした。
この年にはラッキースポットとの出会いもありました。
それが名古屋にある羊神社です。
未年には年男や年女が多く集まるこの場所に、
「羊の画家」を自称する私も行かないわけには行かないと家内と出かけた次第です。
行ってみると小さな神社でしたが、色々な場所に羊の像が祀ってありました。
縁起物のグッズも買い込んで帰りましたが、
その後「羊の画家」に訪れた数々の幸運を思うと、御利益は確かにあったような気がします。
この年の私の年賀状は二人の頭のドアップの上に2匹の羊が乗っている図です。(写真12)
髪の毛と眉の執拗な描きこみが目立ちますが、
私たちの特徴は掴めたと思います。
この頃は50代になったばかりですが、
髪の毛の量が少し減ってきたと感じていたのだと思います。
そんな不安が髪の毛を草と間違えて食べようとしている羊の姿を生み出したのでしょう。
この年に来た年賀状の1枚目は
一陽会絵画部の先輩H先生のものです。(写真13)
大きな角のある雄羊を横向きに捉えていますが、
羊に金色を使っているので、とてもゴージャスな感じが出ています。
背景の緑は羊の大好きな草原の草を暗示しているのでしょうか。
2枚目は常連の岡山県の彫刻家Sさんのものです。(写真14)
こちらは正面向きの雄羊です。
年賀状デザインでは雄羊が多いのですが、
やはり立派な角がある分、見栄えがいいからでしょうか。
Sさんは羊の顔や体を単純化しています。
全身を覆う羊毛のヴォリュームをリズミカルな波線の繰り返しで表しているところが
造形的な面白さでしょう。
3枚目は常連の岡山大学卒業生のKさんのものです。(写真15)
デッサンの得意なKさんらしく雄羊の頭部をアップで捉えています。
主役は間違いなく立派な角でしょう。
角は人間にはないので、神秘的な雰囲気をその動物にもたらします。
羊の独特な目の表情もしっかり捉えています。
4枚目はこれも常連の岡山大学卒業生のKさんのものです。(写真16)
と言っても先ほどのKさんとは別人です。
ついに出ました!
雄羊の角だけのデザインが。
白黒の明暗対比の強い月明かりの空間に巨大な角が雲をはらんで登場しています。
雲は羊の毛を暗示しているのかもしれません。
実にシュールな光景です。
作者の意図はおそらく三日月と角の円弧のリフレイン(繰り返し)でしょう。
5枚目は横浜国大附属中の保護者Kさんのものです。(写真17)
Kさんは毎年木版画の力作を届けてくれます。
今回は新薬師寺の十二神将の内の伐折羅(バサラ)大将がモチーフです。
伐折羅大将は旅行社のポスターによく使われる人気の仏像ですから、
皆さんもどこかで目にしているのではないでしょうか。
横顔に強い光が当たり、叫ぶ伐折羅に生命が宿ったように見える瞬間を見事に捉えています。
2015年の未年は
絵の方でいくつかの重要なことがありました。
まず私にとって初めての美術館での企画展が開かれました。
場所は広島県安芸高田市にある八千代の丘美術館です。
この美術館は15棟の展示室からなる集合施設で、
その中央に位置するH棟が企画展の会場でした。
企画展はそれまで広島県出身の作家を扱ってきたのですが、
県外の作家にも目を向けようと方針が変わり、私がその第2号となったのです。
典型的な郊外型の美術館ですから岡山から行くのは大変で、
高速を使って片道3時間くらいかかりました。
それでも会期中に開かれたギャラリートークやワークショップを通して
新しいファンも獲得でき、
手ごたえを感じることができました。
一番の収穫はこの企画展をきっかけに
2年後の2017年には岡山県の奈義町現代美術館、
さらに2年後の2019年には静岡県の池田20世紀美術館と
美術館での企画展が続いたことです。
このように大作をまとめて発表できる機会があると、
それまでの頑張りが報われたようで嬉しいものです。
またこの年、東京都美術館で開かれた『ベスト・セレクション2015』に
一陽会から推薦されて参加しました。
これは各公募団体が競う場ですから気合が入りました。
リレー式のギャラリートークでは私の時が一番多くの人が集まったそうで、
責任を果たせた気がしました。
これら以外では
私の主宰するグループ『陽のあたる岡』が5回目の記念展を天神山文化プラザで開いたこと、
ギャラリー倉敷での初個展があったことなどでしょうか。
ギャラリー倉敷は大作も並べられる貴重な会場で、
アートガーデンの後の常連会場として3回の個展を開きましたが、
2020年にコロナ禍で閉鎖に追い込まれたことは残念でなりません。
そう言えば八千代の丘美術館も2022年3月をもって休館となり、
『ベスト・セレクション』も2016年を最後に終了してしまったことを考えると、
世の中は無常ですね。
この年の私の年賀状は「美」という字の造りをテーマにしています。(写真18)
「美」は「羊」と「大」という字が組み合わさっています。
つまり「大きい羊」です。
そこで美術を愛好する私たち二人が立派な羊の体を愛でている図にしたわけです。
デザインを見た家内からクレームが付きました。
顔の位置が気になるという訳です。
言わんとしている意味は理解しましたが、妙案がないので却下しました。
この年に来た年賀状の1枚目は常連の大住中卒業生のEさんのものです。(写真19)
例によって無駄のないシンプルな線で単純化した羊の全身を表しています。
羊の表情がとても優しく、見る側の心も穏やかにしてくれる絵です。
ちょっと傾げた首の角度が静かな動きを感じさせますね。
2枚目はこれも常連の岡山大学先輩教員のN先生のものです。(写真20)
角のある子羊をモチーフにして、植物と組み合わせて装飾的に表しています。
シルクスクリーン版画のクリアーな輪郭がぱきっとした感じで魅力です。
後ろを振り返る子羊の大きな眼と少し上げた前足も可愛いですね。
3枚目はこれまた常連の岡山大学卒業生のSさんのものです。(写真21)
雄羊の顔をアップで捉え、満月と組み合わせて表していますが、
これは12年前の図(写真16)の対作のようでもあります。
その理由は12年前には描かなかった部分で画面を構成しているからです。
月も三日月から満月に変化しています。
それにしても羊の顔、上手いですね。
4枚目は岡山大学卒業生のOさんのものです。(写真22)
Oさんは私のゼミに所属し、
デザイン・センスを生かした物語性のあるイラストの連作で卒業制作をしました。
この年賀状もOさんらしさが全開です。
頭部が羊の二人のカッコいい男女が登場しています。
背景を斜めのストライプの構成にしている辺り憎いですね。
ダル・トーンでまとめた色調もオシャレですね。
5枚目は岡山大学卒業生のNさんのものです。(写真23)
Nさんもゼミ生で、卒業制作はかなり写実的な樹木の絵を描いていましたが、
卒業後は漫画家の道を志し、念願のデビューも果たしました。
年賀状は漫画的な処理の1枚です。
ポップコーンをたくさんの羊に見立てたアイディアで、
新年の華やいだ空気感を上手く出しています。
この弾けるようなポップなイメージはNさん独自のものなので大切にしてほしいですね。